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少年時代、『巨人の星』に興味を持ったのは川崎のぼるの絵から
個人的には『巨人の星』に興味を持ったのは川崎のぼるの絵がきっかけである。『いなかっぺ大将』や『てんとう虫の歌』を描いた漫画家の絵ということで『巨人の星』を観ていた。小学生だったとき、小学館の学年別学習雑誌で『どんぐり大将』も始まった。そういう時期に単行本と再放送で『巨人の星』を観ていた(下注釋)。

 

したがって『巨人の星』に登場するアナウンサーや子供のデフォルメされた描写など、『てんとう虫の歌』の絵と比較しながら觀ていたものだ。当時、子供だったので、梶原一騎の名前は読めず、台詞の細かいところは理解できなかった。

 

また、幼いころ、『荒野の少年イサム』のアニメを観た記憶がかすかにある。
この川崎のぼるのガンマンの描写は『巨人の星』の京子編冒頭の映画館のポスター、さらに『新巨人の星』のロメオ・南条につながる。

 

『巨人の星』がヒットした時代、漫画家が川崎のぼる以外でも、少年漫画の多くが川崎のぼる風の画風になっており、『柔道一直線』や『巨人のサムライ炎』を観ればわかる。

 

星飛雄馬の目は半圓(∩に近い)と黒目(●に近い)の中に白い点を入れた絵が多かったのが、日高美奈編が終わって見えないスイングのところ(KC第13巻、文庫第8巻)あたりから、四角形を基本とした形になっていた。
└→LivedoorBlog>〔星飛雄馬の目〕  
ときどき、台詞に吹き出しを書かず、文字だけにするなど、実験的な作風が多かった。消える魔球の原理は、星飛雄馬が投げるときの投球フォームを観て梶原一騎が思いついたらしい。

 

『巨人の星』のあとの川崎作品
『いなかっぺ大将』の風大左衛門は初め、星飛雄馬のような二枚目で、柔道一直線の一条直也に近かった。『巨人の星』で伴宙太がやっていた柔道を物語の中心にしたものだった。それがギャグ漫画になっていった。
大左衛門の声を担当した野沢雅子は『巨人の星』で長屋のよね婆さんの声を担当していた。

 

『てんとう虫の歌』は両親を亡くしたきょうだい(兄弟姉妹)7人が団結して生きていく話。これは『巨人の星』の左門豊作のきょうだいたちに似ており、上と下に姉妹がいるのも似ている。また、一週月美は星明子に似ており、一週火児は星飛雄馬と花形満と牧場春彦を合わせたようなキャラクターで、原作では野球をやったこともある。

 

また、梶原一騎と同様、スポーツ漫画については種目の多様性で勝負しており、『巨人の星』以外ではほとんど野球を描いておらず、『アニマル1』ではアマチュアレスリングを描き、『フットボール鷹』もあったようだ。

 

劇画ブームの先頭に立っていたようでいながら、ギャグと劇画の両方の絵を両方描ける漫画家である。

 

藤子・F・不二雄の『ドラえもん』は『巨人の星』のような劇画、スポ根ブームとの戦いであったが、『ドラえもん』を雑誌に連載していた小学館が、川崎のぼるのギャグ漫画を採用したのは象徴的である。

 

2007年、『週刊少年チャンピオン』で水島新司画業50年企画があったとき、川崎のぼるもイラストつきの祝辞を寄せ、どちらも同じ雑誌(『巨人の星』と『野球狂の詩』の掲載誌『少年マガジン』であろう)で連載をかかえていた共通点を強調し、岩田鉄五郎と星飛雄馬のイラストを描いていた。

 

『新約』は除外する
なお、『週刊少年マガジン』では2006年36・37号(8/23・30号)から別の漫画家の作画で『新約「巨人の星」花形』が始まったが、私は1回目を観ただけで、「これは違う」と判断し、読むのをやめた。絵がまるで違うし、表紙右下にあった「花形満」の顔など、まるで表紙の中央を飾った相武紗季の似顔絵のようである。
やはり、自分は『巨人の星』は川崎のぼるの絵から入ったという原点があるし、『新約』には梶原一騎の哲学のようなものがない。したがって『新約』は対象外としているわけである。

 

少年時代の『巨人の星』
『巨人の星』の場合、70年代の時点でKCのほかに小さいサイズの単行本も出ていたようだが、今となっては確認できない。『少年マガジン』掲載の『巨人の星』を観たこともあるが、すでに終盤近くの京子編にさしかかっていた。

 

@kyojitsurekishi

1970年代に川崎のぼるが小学館の学年誌に執筆していた漫画と言えば「てんとう虫の歌」が有名だが「どんぐり大将」も忘れられない。最終回は目の手術を受ける女の子のために主人公が四葉のクローバーを探す話だったと思う。

午前4:00 · 2013年1月23日

 

@kyojitsurekishi

1980年にのむらしんぼが「コロコロコミック」で「とどろけ!一番」を始めたが、主人公の名前が「轟一番」。川崎のぼるの「どんぐり大将」の主人公の名前を何度思い出しても同じ名前で、長い間気になっていた。

午前4:06 · 2013年1月23日

 

〔空想科学研究所@KUSOLAB

川崎のぼる先生の話、さらに続き。代表作が『巨人の星』なのは言うまでもないが、先生は同時期にコメディ路線の『いなかっぺ大将』を描かれていた。前者は少年マガジンに週刊連載、後者は小学館の各学年雑誌に連載(学年ごとに描き分け)という離れ業をやっていたのだ。(所長)

午前8:16 · 2013年1月28日

 

2013年01月29日(火)

@kyojitsurekishi

「荒野の少年イサム」は幼い頃、アニメを見た記憶が微かにあります。「新巨人の星」のロメオ南条の西部劇スタイルを見るとさすが川崎のぼるという感じがしました。

posted at 15:03:42

午後3:03 · 2013年1月29日

 

「巨人の星」終了後「ジャンプ」では原作:梶原一騎、作画:井上コオで「侍ジャイアンツ」も始まっており「ジャンプ」編集部は「巨人の星」ファンを取り込もうと懸命だったんでしょうね。

posted at 15:03:48

午後3:03 · 2013年1月29日

 

小学生の頃、川崎のぼるさんと言えば「いなかっぺ大将」「てんとう虫の歌」「どんぐり大将」でした。子供の頃「巨人の星」の単行本を見た時、「梶原一騎」の名前は読めず、作画が「川崎のぼる」なので「てんとう虫の歌」と同じ人の絵だと気付いて、熱心に絵を見ていた記憶があります。

午後3:07 · 2013年1月29日

 

 

 

サンデーは小学館、マガジンは講談社で、現論誌でもライバルですね。小学館は「巨人の星」に対抗(?)して、学年雑誌で川崎のぼるの「いなかっぺ大将」「てんとう虫の歌」「どんぐり大将」を連載させ、サンデーでも梶原一騎原作の「柔道讃歌」を起用していました。

午後0:50 · 2013年3月17日

 

2014年11月14日 12:32:52 

川崎のぼるが描いた「巨人の星」の星飛雄馬の目の変遷(一部記憶による模写)

午後7:44 · 2017年10月29日

 

大リーグボール1号の初期、1号後期~2号、3号の時で少し違っていた。 

LivedoorBlog>〔星飛雄馬の目〕  

#巨人の星

午前11:51 · 2020年5月14日

 

公式】荒野の少年イサム 第1話「燃えろ! サンボーイ

”THE ROUGH AND READY COWBOY” EP01(1973)

午後2:58 · 2020年12月26日

 

 

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@kusolab 川崎のぼる〕(twitter)

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