『巨人の星』原作とアニメ(1970~1971年)

補足
星飛雄馬の左腕投手時代最後のシーズンとなった1970年。まず、前年の1969年のシーズン終了まで1箇月前後の時期に登場した大LB2号はそのシーズン中の段階で星一徹、花形満、左門豊作によって80%まで見抜かれ、オズマが帰国した1970年の年明け早々、花形によって100%解明され、70年春の開幕では打たれるのも時間の問題。飛雄馬は開幕直前、大リーグ相手の試合やオープン戦で風前の灯火となっていた大LB2号を使っていた。
2008/11/10(月) 午後 5:29

開幕第1試合の対中日戦で救援として登板した飛雄馬は伴に2号を打たれ、これは投飛。対阪神戦で先發として登板した飛雄馬は最終的に花形の一本足打法で2号を強打され、場外HRとなる。
星飛雄馬の消える魔球は半年で効果がなくなり、シーズン中の公式戦の期間だけで言えば1箇月前後の命だった。
その場でマウンドを降りた飛雄馬は報道陣を避けるため、甲子園球場から出て、新幹線で東京に帰った。そのあと球宴までほとんど勝手に休み。札幌シリーズでもベンチ入りしただけで登板はなかった模様。大LB3号は球宴後。すると、飛雄馬は70年前半戦、最初の2試合に出ただけで、あとは事実上、休業していたことになる。
2008/11/10(月) 午後 5:29

後半戦、3号で勝ちまくった飛雄馬は左腕を壊して、日本シリーズを待たずに失踪。
飛雄馬は1970年の前半、サボりすぎた。
飛雄馬失踪の時期は『巨人の星外伝・それからの飛雄馬』によると1970年の師走。
飛雄馬の1970年のシーズンの給料はどうなったのか。おそらく、親族である星一徹か、花形満・明子夫妻があずかったのであろう。
2008/11/10(月) 午後 5:29

大LB2号が花形に打たれた試合は1970年の巨人×阪神戦の第1戦。花形が大LB2号と最初に対戦したのは69年の最後の巨×神戦だったから、消える魔球をめぐる星飛雄馬と花形の攻防はほとんどオフシーズンで終わっていた。飛雄馬は大LB2号を出すタイミングを誤った。そして、飛雄馬は70年の前半戦では2試合しか出場していない。開幕戦の対中日戦と巨×神の第1戦に出ただけで、あとは勝手に東京に帰って球宴まで試合をサボってしまった。
2008/11/14(金) 午後 2:34

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2009年3/28