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作品解説1、作品解説2、作品解説3、作品解説4、作品解説5
『ドラえもん』は「国民的な漫画」と称され、「親も子供も楽しむ作品」と言われており、ドラえもんの好物がドラ焼きであることなど、作品世界は日本人の一般常識と化したように言われている。
しかし、1960年より前に生まれた世代は作品に直接、関与した漫画家や声優を除けば、『ドラえもん』の内容を知らないようである。
作品解説1、作品解説2、作品解説3、作品解説4、作品解説5
『ドラえもん』は「国民的な漫画」と称され、「親も子供も楽しむ作品」と言われており、ドラえもんの好物がドラ焼きであることなど、作品世界は日本人の一般常識と化したように言われている。
しかし、1960年より前に生まれた世代は作品に直接、関与した漫画家や声優を除けば、『ドラえもん』の内容を知らないようである。
他の漫画家のうち、小林よしのりは1953年生まれで、『オバQ』を楽しんだ世代だったらしいが、『ドラえもん』が始まった1970年には17歳でハイティーンに達しており、『ドラ』に関しては興味がなく、『コロコロコミック』に『おぼっちゃまくん』連載した経験がありながら、『ドラえもん』の内容をよく理解できていないらしい。
私個人は『東大一直線』を楽しんだ世代だったが、『おぼっちゃまくん』のころは10代半ばに達しており、世間でいくら「茶魔語」が話題になっても『おぼっちゃまくん』を観る気がしなかった。それと同じか。
私個人は『東大一直線』を楽しんだ世代だったが、『おぼっちゃまくん』のころは10代半ばに達しており、世間でいくら「茶魔語」が話題になっても『おぼっちゃまくん』を観る気がしなかった。それと同じか。
また1961年に生まれた柳田理科雄氏は最初の『空想科学読本』でドラえもんの体重の基本設定・129.3kg(百二十九点三キログラム)を知らずに80kgと設定していたし、円道祥之氏(1960~)も『空想歴史読本』で『ドラえもん』に関して22世紀におけるドラえもん誕生を取り上げただけで、本編での各種時間旅行を全く取り上げておらず、両者とも『ドラえもん』に余り関心がなかったことがうかがえる。
『ドラえもん』のファンが増えるのは1960年代後半、昭和40年以降に生まれた世代であろう。
1980年に『週刊少年ジャンプ』で鳥山明が『Dr.スランプ』を始めたときは、『ドラえもん』に似ているとも言われたものだが、この作品は過去の漫画、特撮ものを集めたパロディーのような作品であった。
鳥山明が続けて描いた『ドラゴンボール』は『西遊記』をモデルにしたもので、『西遊記』の漫画化、アニメ化は藤子不二雄の師匠・手塚治虫がおこなっている。
『Dr.スランプ』は不思議な道具や自然の山、太陽などの擬人化をおこなった童話的な作品だったが、これらは『ドラえもん』で動植物の擬人化(「さらばキー坊」など)でも採用されており、『西遊記』をモチーフにする手法は『のび太のパラレル西遊記』で結実した。
鳥山明が続けて描いた『ドラゴンボール』は『西遊記』をモデルにしたもので、『西遊記』の漫画化、アニメ化は藤子不二雄の師匠・手塚治虫がおこなっている。
『Dr.スランプ』は不思議な道具や自然の山、太陽などの擬人化をおこなった童話的な作品だったが、これらは『ドラえもん』で動植物の擬人化(「さらばキー坊」など)でも採用されており、『西遊記』をモチーフにする手法は『のび太のパラレル西遊記』で結実した。
ちなみに『ドラゴンボール』の孫悟空の声で有名な野沢雅子は大山のぶ代より前にドラえもんの声優を担当していた。
結局、『ドラえもん』はライバル作品を吸収し、38年も存続している。