プロ野球ニュースなどで「阪神」の略称が「神」なのは、「阪急」と区別していた名残であり、「大洋」は「大阪」「大映」などとの区別のために「洋」と略されるのが普通だった(と想う)。
「大映」は毎日オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に吸収された球団であり、南海ホークスから変わった「ダイエー」は「大栄」である。
水島新司の漫画『ラッキーゾーン』で「福岡大栄」という高校が登場する。
今と比べると、50年前のプロ球団では鉄道会社が目立ち、また、マスコミ関係でも讀賣だけでなく毎日とサンケイ(産経)が球団を持っていた経緯がある。

 

1979年にライオンズが埼玉に移ってから、89年にダイエーがホークスを福岡に移すまでの10年間、日本のプロ野球チームは本州に集中していたことになる。
かつて、ロッテが宮城県にホームを構えていた時代があった。また、2004年に日本ハムが北海道に移り、2005年に東北楽天が誕生。これらを除くと、プロ球団は九州北部~瀬戸内~関西~東海~関東というかつての大工業地帯にかたまっている場合が多く、東海道・山陽新幹線の沿線に集中していた。

 

豊福きこう氏は『水原勇気0勝3敗11S』で『大甲子園』の時代背景を1976年の夏と設定しているが、豊福氏自身も中西の奪三振記録から82年か83年の可能性もあることを書いているように、『大甲子園』の作品を観ると明らかに80年代半ばである。

 

まず、「76年」がありえない理由として、山田たちは夏の予選の決勝を横浜球場で戦っており、この球場は1978年から使用された。左門豊作が蜃気楼の魔球と対戦したとき、ユニフォームの文字が以前の TAYO から YOKOHAMA になっている。

 

しかし、『ドカベン・プロ野球編』の設定にしたがってこれを1994年の夏にするのも無理がある。
作中では「阪急」と「南海」の名がでてきて、これらは89年から「オリックス」と「ホークス」である。また、『大甲子園』で土井垣の所属する日本ハムは後楽園球場で試合をやっていた。『大甲子園』では『ドカベン』明訓編と同様、甲子園にラッキーゾーンがある。

 

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