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満洲事変日中戦争、第2次世界大戦太平洋戦争東京大空襲と沖縄戦原爆満洲の悲劇
───────────────────────└→昭和の初めの戦争


1939年(昭和14年)、『はだしのゲン』の作者、つまり、中岡元のモデルである中沢啓二(←*中澤~)が生まれている。この年、ヨーロッパにおける第2次世界大戦が始まった。
アジア大陸では「ノモンハン事件」と呼ばれるハルハ川戦争(5月~9月)。関東軍は大敗した。

『野球狂の詩』の「任侠三重殺」によると、昭和15年4月、岩田鉄五郎が山川中等学校の伊達源三郎と対戦。

1940年(昭和15年)、当時の日本で採用していた皇紀で2600年とされた。
漫画『紀元2600年のプレイボール』で扱っているのは、この時期のようである。当時は神武天皇が即位したのが紀元前660年という解釋で、それから2600年たったという式典がこの年におこなわれ、「金鵄(きんし)輝く日本の……」という歌まで作られたらしい。この歌は民間で「金鵄上がって15錢……ああ、1億の民は泣く」というような煙草の値上がりを嘆く替え歌にされた。昨今のタクシー禁煙、煙草税で少子化対策、ガソリン値上げを考えると、煙草の値上げは妥当で、遠い昔のこととは想えない。

この1940年は東京オリンピックが開催される予定だったが、日中戦争により、内外から中止を求める声が出て、実現しなかった。代わりの開催地はヘルシンキだったが、これも第2次大戦で中止となった。

東京五輪は1964年(昭和39年)に実現する。ちなみに、孫基禎が金メダルを獲った1936年のベルリン五輪も、1916年開催の予定が第1次大戦で中止になっていたらしい。


六千人の命のビザ
この年、杉原千畝(すぎはらちうね、1900~1986)が「六千人の命のビザ」發給。『日本のシンドラー杉原千畝物語・六千人の命のビザ』として放送された。21世紀になって、日本は「法を遵守する」という名目でクルド人難民を強制退去させた。見方を変えれば、憲法でも国旗・国歌法でもルールを認めない人、守らない人はいつの世にもいるわけで、食べ物の安全基準や銃の規制、個人情報、駐車違反、飲酒運轉にも言えることである。

ミュージカル『SEMPO』もこの杉原千畝を描いている。

この時期を扱った作品は『シンドラーのリスト』、『カサブランカ』、『プライベート・ライアン』、『史上最大の作戦』、『コンバット』など、多数。


ルールを守らない個人は人類にとって癌でもあり、宝でもある
教育基本法改正のときだったか、驛前で何か市民運動をしている人たちが「国の言いなりにならない」ということを主張していたと想う。このとき、東京新聞で「子供は国のものではない」という見出しもあったようで、「子供は国の宝」という感覚がなくなったので、平気で子供を殺す親が後を絶たないのだろう。
「国の言いなりにならない」というのは「国の言うことを聴かない」ということだから、政府見解と異なる論文を書いた元自衛隊関係者も「国の言いなりにならない」という姿勢を貫いていることになる。その人が更迭されたのが、もし、「当然」であれば、日の丸と君が代に対して起立しなかった教師も解雇されて「当然」である。
2008年12月3日、朝7:04
└→ルールを拒否しながらルールで他人を縛りたがる人たち