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国際障碍者年のとき、サリドマイド障碍者の番組を観た記憶がある。『NHK特集 旅立とう今 こずえさん20歳の青春』であった。

それで、「サリドマイド」といえば腕がほとんどなくなる畸形(実際は畸形を生む薬)の代名詞のようなイメーヂがあった。
薬害に関する書籍などはここで紹介されていた。

世界の各言語(「各国語」ではない)による呼び名についてはこちらに書いた。

今ではテレビでサリドマイド児を見たことがない世代も増えているだろうし、毒餃子にしたって喉もと過ぎればなんとやら。
サリドマイドをばらまいた会社の社長が被害者1人1人に謝罪していたのを想い出す。

核兵器廃絶や銃の規制が進まない理由はそこにある。

何か問題があると個人の責任を追及せず、「規制すべきだ」ですますのが日本の大衆だから有害サイトも「規制すべき」と「国民の判断に任せろ」の論争になる。

今の日本の国民性は極端に言えば、石につまずいてころんだ人が「“足元に注意”という看板を立てていない行政が悪い」とお上を訴えるようなところがある。

大麻も覚醒剤もいくら禁止されたところで裏では出回る。
それこそ大麻だって使っている人はいるし、未成年の喫煙でもなくならないわけだから、結局は自己判断、結果どうなるかも自分で判断すべきもの。

禁止されているか認可されているかは紙切れの世界。
昔、丸山ワクチンというのもあった。

今の技術ならロボットスーツができるくらいだから、腕がほとんどない畸形が生まれても、脳で動かす義手を作ればいいということになるだろう。それ以前に、胎児の段階で畸形を判断して胎児を殺す人が増えるだろう。
そうなると薬害とははたして何かという問題になる。

政府による承認がこれほど重視されるということは、国民は政府の作った規則にしたがって生きているという前提があるわけで、国境を越えればそれは一変する。臓器移植や堕胎など、禁止されている国の人は経済的に越境が可能なら他国を目指す。そうなると、「世界を一つに」という幻想はまだまだ先の話であり、今は地球上を多数の国に分けて、異なる制度による国家を共存させているほうがいいということだ。
もし、「世界連邦」が実現して国境がなくなったら、銃も狂牛病も核兵器も日本列島に入ってくるし、逆に「自国で禁止されている薬を使うため他国に渡る」という選擇肢が使えなくなる。
└→補足


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2008年8/24~27 8/27