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 プライマーは倒された。

危うげな均衡を保っていた天秤は遂に人類側に傾いた。
巨大生物と不躾な侵略者は消滅した。

人類には望んでいた平和が訪れた。

地球を、人々を守った英雄達もそれぞれ元の生活に戻っていく。

以前と大きく変わったのは彼らの名が世界中に知れ渡った事と、もはや彼らを知らない者がいない事だろう。


その中でも────

『伝説の英雄ストーム1、彼を題材にした映画の制作が決定し世界は大きく賑わっています』

『戦時中にストーム1が使用したとされるデプスクロウラーがオークションに出品され3千4百万円で落札されました。現代史における貴重な資料として──』




伝説の英雄。

地球を救った救世主ストーム1。

その名は世界、地球全体に知れ渡っている。

博物館には彼が使っていたヘルメットやアーマーが飾られ、今や世界史の教科書にまで彼の事が記されているというのだから驚きだ。


だが、誰もが知るからこそ────

『誰か、ストーム1を見なかったか?』

『おい!大将の部屋見てみろ!何もねえぞ!?』



彼は行方を眩ませた。



本当に突然だった。


誰にも何も告げず彼は所属していたベース228から消えた。

大尉やグリムリーパー隊の隊長、スプリガンの隊長、私にも何も言わずに。


大した荷物も持たずに歩いている姿だけが監視カメラに残されていた。
しかしどこへ行ったのか、何をしに行ったのか分からない。

いつもの奇行だろうと思っていた、でも違った。カメラに映る彼の様子は普通じゃなかった。

この事はすぐに総司令部にも伝えられ、この事を知る者には閉口令が下された。

当たり前だ。
英雄が失踪したなんて事がメディアに漏れれば何が起こるか分からない。

事態を重く見たEDF総司令部は極秘に彼の足取りを追うチームを結成。

皮肉にもプライマーのもたらした技術まで使用し彼の痕跡を探している。


私も友人として技術研究部からチームへの異動を受け彼を探しているが───簡単に見つかるハズが無い。

彼は回数にして約9回タイムトラベルを行い、年数にして約30年以上一人で戦ってきた歴戦の勇士。

敵に見つからないよう、自らの痕跡を残さず移動するのは容易い事だ。

簡単に探し出せる、見つけられるような事はしない。絶対に。


─────だが、彼の居る場所、向かった場所を『知っていれば』見つけ出す事が出来る。

そう、私は再び時を越えた。
たった一人で。

プライマーのタイムマシンの原理はある程度解析されていたが、これを使用した事は一度も無かった。何が起きるか分からないからだ。

それに成功する保証も無かった。
だが、やるしかなかった。

最初にリングのあの事故を起こした時と同じく、全くの偶然だったが『あの時のように』再現に成功した。

「ここに本当に来るのか。ストーム1は」


「そうだ。そしてこの後、ここに来たストーム1は自決する。それが刻を戻す引金になりプライマーは再び地球へやってくる」


「だが奴等は消滅したはずだ」


「そうだ消滅した。しかし、奴らにバックアッププランが存在していたとしたらどうだ大尉」


「……何?」


「これはあくまで私の推測だが。
人類の代表者、つまりストーム1が何らかの理由で命を落とす。
それにより再び時間の流れに捩れが発生する、歴史を修正する力が働く。
それが────人類側に傾いた天秤を、消滅したプライマー側に傾かせるとしたら?」


「……奴らはそれを知っていたのか?」


「可能性はある。
10万年もの時を旅してきた旅人達だ、時間の概念は我々よりも長く、そして時という物を人類よりも遥かに高いレベルで理解しているハズだ。あり得ない話じゃない」


このままここで前回の悲劇が起きれば次に待っているのは人類滅亡。
勿論、これは可能性の話だ、確証は無い。
しかし可能性がゼロでは無い以上、ここでストーム1を止めなくてはならない。絶対に。

それにしても。

「3年か………」



私は物陰に建てられたテントの中で深く溜息をついた。

悲劇が起こる事、そしてその場所は知っていれど、ここまで来るのには3年掛かった。

大尉やグリムリーパー隊長は「見つけたら説教だ」と言っているが、それは友情の裏返しだろう。

私は───彼と再会出来たらまずは彼に妻の手料理をごちそうしてあげたいと思っている。

「ストーム1はここに来るのでしょうか」

タブレットを片手に資料を眺めていた女性、少佐が呟く。

「彼の思考は複雑ですから」

コーヒーを差出しながら返すと彼女は「そうでしたね」と微笑した。

すると、

「ストーム1!!」

不意に大尉の怒鳴り声が聞こえた。

見るとそこにはストーム1、その胸ぐらを掴んでいる大尉の姿が目に入った。

時間通り、なのだろう。恐らく。

「落ち着け大尉殿、小僧、その銃を俺に寄越せ」

守護神が激昂する大尉を引き離すとストーム1は手にしていた拳銃を無言で手渡した。

そしてもう一つ、恐らく遺書だろう。
それも手渡した。

「奴等は戻って来る。そうだな、ストーム1」

明らかに疲弊し痩せた彼にそう問うと彼は私を見て静かに頷いた。

「すまないストーム1,君はずっとプライマーの影に怯えていたんだな。誰にも話さず一人でずっと」


こちらをジッと見つめる英雄。
その目は何かに怯えているように見えるが───決して死んでいない。


「ストーム1、君は報われなければならない人なんだ。こんな終わり方は絶対にあってはならないんだ!」

彼を見ていたつもりになっていた私は、彼の中の闇にも気付いていたつもりになっていた。

だが、きっとそれは─────

「英雄である以前にお前も俺も一人の人間だ。以前にも言ったなストーム1、お前は優秀な生徒だが無茶をし過ぎる。もう少し仲間を頼れ」


「小僧、疲れたのなら少し休め。
それは悪い事では無い。美味いメシを食い英気を養うのも仕事だ」


「そうだな、では、私が腕を奮ってやるとしようか」


「メシマズは帰れ!!大将いない間にお好み焼きの美味い店見つけたぞ!食べ放題だぞ!」


彼の戦友達もそうなのだろう。




「おい、空を見てみろ」



突然声が上がった。


空を見上げる。




そこには─────



青い空には美しい虹が掛かっていた。


あの時の、あの不気味さとは違う美しい虹。


希望が生まれ


絶望の終わりを告げるように。