皆さん、こんにちは。
最悪すぎる4月上旬でした。
仕事でトラブルが発生し、娘の入学式には行けませんでした。
今の職場では、有給休暇は事前に勤怠システムで上司へ申請することになっていて、3月の早い段階から「子の入学式のため」と備考欄に記入したうえで「午前休」を申請していたのですが、仕事の状況的にとても無理と判断。
先週、休暇取り下げ申請を行ったところ、上司に無言で承認されました。
すまんな、といったフォローも一切なし (笑)
さて、本題にいきます。
今日はかなり暗い話題です。
娘(うーたん)は、関西統一入試を3週間後に控えた12月下旬、前受けとして受験したN30台中盤校に不合格となりました。
2点差でした。
このときに上げた記事、今読み返しても、自分の胸に突き刺さります。
もちろん前受け校不合格のことが、ではありません。
この記事の中で私は次のように書きました。
たぶん、娘は、特性がある。
知的障がいとまではいかなくても、これほどまで理解力がなく、漢字で「困難」を「困勤」、「深刻」を「探刻」と何回も間違えたり、先生のアドバイスを一向に守れない(守らないではなく、テストになると意識が飛んで守れない)など、信じられないような行動をする。
小学校や塾での一連の問題行動を総合的に振り返ると、グレーゾーン知能の可能性、ディスレクシア(識字障がい)の可能性がある。
そして最後に、「この話は受験後に追って執筆する」と結びました。
あのときはもう中学受験がすぐ目の前に迫っていたから、今さら検査を受けたところで意味はなかったし、とにかく少しでもいいメンタル状態で試験会場に送り出してあげたいという その一心で最後まで受験勉強に伴走しました。
そして無事に入試が終わり、父である私としても、「本当はそこまで頭が悪いわけではないのかな」と少し楽観的に考えていました。
そう考えた理由はいくつかあります。
具体的にいうと、
●入試1週間前になって算数が急に伸びた感覚があったこと
●絶対に落としてはいけない1日目午前、2日目午前はいずれも会心の出来だったこと
●得点開示のあった1校は一科目ほぼ満点で合格者平均点より最高点側に近かったこと
●得点開示のなかった1校も問題用紙に記載している答えを見る限りノー糞ミスだったこと
などです。
私自身、「そこまで頭が悪いわけではない」と思いたかったと言ったほうが正確かもしれません。
もう少し、様子を見てみようかな…
心身の成長とともに改善するかもしれないし…
この2ヶ月、そう思ってきました。
でも、やっぱり何かおかしいです。。
そう痛感させられる事がありました。
この2ヶ月、毎日コツコツ、英語の先取り学習を進めてきました。
一人でけっこうな分量、やってきたと思います。
もちろん、あくまで自宅で自主的に学習しているものであり、学校でちゃんとした授業を受けているのとは習熟度が違います。テストがあるわけでもありませんから、気合が入らないのも仕方ないことです。
しかし、間違いの態様があまりにもひどいのです。
私は今忙しい。
→ I'm dusy now.
彼らは中国人です。
→ They is Chinese.
彼らは東京に住んでいる。
→ They are live in Tokyo.
まだ学校で習っていないから仕方ないかな?と思ったりもしましたが、投下した勉強量を考えると明らかにオカシイです。
これだけ毎日自主的に勉強していて、まだ主語によってbe動詞を正しく変えられないことや、be動詞と一般動詞が続けては出てこないことが分からないのか? と衝撃を受けました…。
さらにオカシイのは1つ目です。
「b」と「d」の区別がついていません。
これオカシイですよね?
例えば、英語初学者が、「バス」を「bas」と書いたり、「忙しい(ビジィー)」を「bisy」と書いてしまうのは、まだ理解ができるんです。
でも「dus」とか「dusy」と書くのは理解ができません。
ローマ字表記が分かっていないのか?と思って、「ba bi bu be bo」、「da di du de do」を発音させると、ちゃんとわかっているんです。
この「音が違うのに形が似ている文字と間違える」は、中学受験のときに漢字でやっていた間違いと同じです。
「yesterday」を「vesterday」と書いているものもありました。
また、学校から課された作文の課題では、「必配」とか「気特ち」と書いている箇所がありました。(妻が見つけて修正指示済み)
他にもオカシイと感じる点はあります。
問題集を解いて、自分でマルつけした場合、その内容が滅茶苦茶なのです。
英作文や、数学の文字式計算では、「20問中15問正解」というふうにマルがついてあっても、私が見ると、その正解の15問のうち半分くらいはどこか一か所が間違えています。
誰がどのように言い聞かせても、効果がありません。
本人はサボっているとか、親をだまそうとしているわけではなく、本当に見つけられないんだと思います。
あー、これ、もし、高校受験があるとしたら悲惨だな…
そう思いましたね…。。
私は、勉強ができるかどうか、それどころか、どこらへんの学校にいけるかというのは、「脳の特性」でほぼ決まっていると考えています。
勉強できる子を持つ親には、到底理解できないかもしれないけれど、私はこの中学受験を通じて、もう、そう確信しました。
中学受験のとき、なんで何回も同じ間違いをするんだろう。
なんで同じ問題なのにできないんだろう。
ずっとそう思って苦しんできました。
たぶん、普通ではないのです。
この、学習を阻害する「何か」さえなければ、これだけ勉強していればもっとできているはずです。
音が異なる「d」と「b」を間違えるなんて、普通はあり得ません。(そうでもない?)
実は勉強の事だけではないんです。
ブログには書いてきませんでしたが、小学校では、提出物という提出物、一切提出していなかったらしいです。(もう驚愕ですよ本当に‥)
しかも、妻が聞いても、「別に出さなくてもいいねん」などと言う状態でした。
こういった特性が治らない限りある限り、どれだけ勉強しようが、せいぜい国民平均くらいの成績しかとれないと思います。(※事後修正)
だから私は、娘に知能検査を受けさせようと思っています。
もちろん、娘にはちゃんと説明して、納得してもらったうえで、です。
中学受験を始めて以来、ずっと苦しんで来たこの問題。
白黒はっきりつけます。
そして、極端に知能が低いとわかった場合、私はもう娘の勉強に対するスタンスをあらためようと思っています。
・学校の勉強さえしていてくれたらいい
・大学はどこでもいい
・自分のしたいことをすればいい
・芸術方面に力を入れる
そうするつもりです。
娘の特性を明らかにして、それを踏まえて、我が子に接するということです。
娘の能力を「諦める」ではありません。
「明らめる」です。
明らかにして、みとめる、です。
今日は一旦ここまで。
先日の地メンタル論の続きも、また時間を見つけて書きますね。
いつも返信や更新が遅くてすみません☺