こんばんは。梅雨がやっと明けて夏がやってきましたね。

暑中お見舞い申し上げます。

 

少し前に書いた文章です。つたないシロウト作品ですが、よろしければ、お読みくださいチューリップ黄

感染するならこんな病気がいいなあ、なんて、ちょっと思ったり。

 

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

 

 

 

言葉の秘密
 

 

 「ぷちぷち きー・・・・ぷち、ぷっききーー」

 

 テレビが壊れたのだろうか。バックに流れている音楽と効果音ははっきり聞こえてくるのに、アナウンサーの声がおかしい。朝のニュースは字幕でだいたい分かったけれど、帰ったら修理にださなければ。私はいつものように朝ごはんを食べて、仕事先へと向かう。外はよく晴れて、鳥の声がいつもよりよく聞こえた。

 

 「おはようございます。」

 

 顔見知りの同じマンションのひととエレベーターで乗り合わせたので、挨拶をした。

 にこにこと会釈してくれて、何か小さな声で話しかけられたような気がしたけれど、マスクをしているせいか、よく聞き取れなかったので、曖昧にうなずいて「ええ。」と返事をしておいた。特におかしな反応ではなかったようだったので、ほっとしながら「どうも。」とエントランスで別れ、駅へと向かう。

 朝のラッシュで、駅はいつものように混雑していた。「ピッ!」自動改札機を通過して、階段を上り、人でいっぱいのホームに到着した。誰も会話するひともなく、足音だけが響いていた。

 

 「ぷつぷつ、ききー!きききき。ぷつつぷつ!」

 「えっ!?」

 

 私はやっとその時、自分の身におこっていることに気が付いたのだった。駅のアナウンスの声が、うちのテレビから聞こえてきたようなおかしな声なのだ。何を言っているのかまったくわからない。音は聞こえるけれど、言葉が聞こえなくなっていたのだった。

 

 「ぷちぷち、ぷつっつきー!」

 「きききっぷっぷぷーつつ!」

 

 隣の女子高生たちが楽しそうにおしゃべりしていた。全身から血の気がひいていくような気がした。とにかく、病院に行かなければ。冷たくなったふるえる手で、仕事先へ『すみません、体調をくずしましたので今日はお休みさせてください』と、やっとメールをし、急いで近くの耳鼻科へ直行した。

 

 

「ぷつ、ぷつ、ぷーー」

 

 医者は首をかしげて、言った。私が不安そうにしているのを見て、紙に診断結果を書いてくれた。

『色々検査してみましたが、特に、異常はみあたりません。大学病院に紹介状を書きますので、そちらへ行ってください。』

 

「わかりました。ありがとうございます。」

 

 自分の声は、よく聞こえる。熱があるわけでもなく、耳は痛くもかゆくもなかった。周囲の物音も、動物の声も、いつものようによく聞こえていた。なぜか人の言葉だけが、聴き取れない。

 

 慣れるのにはそれほど時間はかからなかった。ネットでニュースを知ることはできたし、テレビにも字幕をつければ、まあまあ楽しめた。人とのやりとりは、ホワイトボードや、スマホの音声変換アプリを使えば、ゆっくりでも会話はできる。そして、「聞こえない」ということを伝えれば、周りのひとが親切に接してくれることにも気づいたからだ。人は、自分より(劣っている)と感じる相手にはめっぽうやさしい。

 

 大学病院へ行っても、ほかの民間療法をためしてみても、症状は変わらず、一か月がたった。思ったより困ったことがおきず、むしろ身体が軽くなって寝覚めも良く、以前より快活に人に話しかけられるようになってさえいた。どうせ何を言っても返答は聞こえないのだから、言いたいことは、率直に言えばいい。相手が自分に向けて書いてくる言葉は、【書く】というワンクッションがあるせいか、気軽に投げつけられる声よりも、ずっと正直で、やわらかかった。

 

 私はあることに気づきはじめていていた。言葉には色と形があることを。

 

 親切そうでにこやかなひとでも、口から出てくる言葉や書いた言葉の色はどす黒く、その人の周りは灰色のもやでおおわれていることもある。国会中継は、もはや曇りすぎていて人の姿さえ見えづらい。楽し気なSNSも、どぎつい原色がめちゃくちゃに容赦なくぬりこめられていて、隙間なく閲覧者を威圧し、多くのフォロワーを従わせようとしていた。にせもののトゲトゲとした言葉がこんなにも世の中にはあふれているとは。(そりゃ、疲れるはずだわ。)私は、冷静に言葉の姿をながめていた。

 

ある日、ポストに青い封筒が届いていた。

 

 【言葉育成研究所】

 

 住所は近くの古いビルの地下だった。中には真っ白な上質な便箋が一枚入っていて、やはり青い文字で短い文章が綴られていた。

 

 美しい言葉を育成する会です。ご興味ございましたら、ぜひご参加ください。

 

 (これだけ?)裏返してみても、他には何も書いていなかった。つゆ草の露で書いたような文章は瑞々しくて眺めていると、小さな清流に手をひたしているような心地よさがあり、まるで生きているようだった。

 開催日は、今日の夜だった。(行ってみようかな)

 

 

 満月の光は、地下へ続く階段の奥まで差し込んでいた。トン・トン、と、慎重にゆっくりと階段を下り、ありふれたマンションの金属のドアを開けると、中は、包み込まれるようなやわらかなうす明かりの、大きな部屋になっていた。

ドアのすぐ横の小さな木のテーブルに、手紙と同じ紙のカードが二枚置いてあった。

 

 ようこそ、おいでくださいました。お好きなお席へ、どうぞ。

 言葉の種に、あなたの言葉を、語りかけてください。育ちはじめます。

 

 もうすでに何人かが、つゆ草色のふかふかした絨毯に座っていて、植木鉢に向かってなにか小さくつぶやいているようだった。おじいさん、おばあさん、主婦やサラリーマン、学生さん、集まっているひとたちの年齢や性別は、ばらばらだった。

 

 「るーるーららら、りーん」

 

 相変わらず、言葉は聞き取れなかったけれど、歌のような節がついているその小さな声は、高く低く、部屋のなかに充満していた。不思議なことに、そこに居るひとたちの声が混ざっても、決して濁らず、調和を乱すような声をだすひとは、ひとりもいなかった。

 

 (わたしにもできるかしら)

 

 まだ空いている植木鉢をみつけたので、そこの前にとりあえず座って、声を出してみた。

 

 「ららら、るーん、るーん、りりりり」

 

 驚いたことに、普通に言葉をしゃべっているつもりの私の声は口からでた瞬間に歌となった。そして、次から次へと、今まであったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、残念だったこと、面白かったことなどが、節のついた歌となって出てくるのだった。一節終わるたびに、植木鉢の中心からにょきにょきと芽が伸びてきて、葉を増やし、大きく育っていった。周りをそっと見てみると、言葉の植物の形は、みな違っていて、まっすぐ一直線に上へ伸びていくものや、枝分かれしているもの、垂れて横に広がっていくものなど、色々だった。葉の形も数も、人それぞれのようだった。私の植物は、ハート形の双葉をだしたあとは、柔らかくて瑞々しい野菜のようなぎざぎざした本葉を次々に増やしながら、少しづつ丈が高くなっていくようだった。

 

 (もっと大きくなれ)

 

 語りかければかけるほど、植物がすくすくと育ってくのがうれしくて、夢中になって歌い続けた。

 

 どのくらいの時間が経ったのだろう。いつしか、私は自分のことを語り終え、太古の歴史ついて、そして世界のはじまりについて、静かに語りだしていた。なぜそんなことを知っているのか、わからない。けれど、確信がある。植物は成熟し、花芽をすうっと上にのばしていた。菜の花のような小さなつぼみがたくさんついて、今にも咲きそうに、ぷっくりとふくらんでいた。

 

 楽譜もなく、指揮者もいないのに、皆、自分たちの曲の、クライマックスが近づいていることに気づいていた。音楽は聖堂のパイプオルガンのように荘厳な響きを増し、うねりをともなって大きくなっていった。

 

 (もうすぐかもしれない)

 

 そう思った瞬間、声の高さがぴたっとそろい、私たちは、ひとつの音になった。

一斉に、それぞれの鉢のつぼみが開き、中から白い光の粒がぱあっと一面に広がって、満天の星空のように頭上に散らばり、輝き瞬いた。

 私たちの歌は、その光の粒とともに、遠い天のかなたへと吸い込まれていったのだった。涙があふれでた。こんなにも美しいものがあるなんて。こんなにもやさしい光があるなんて。

 

 いつまでも鳴りやまない余韻のなかで、私たちは口々につぶやいた。

 

 「ありがとう…」

 「ありがとう…」

 

 世界は言葉でできている。

 

 

流れ星おわり流れ星