チベット仏教の神髄 | 今日も生きた分だけ言葉を綴ろう

チベット仏教の神髄

 

以下、昨年書いたブログですが、

チベット関連ブログつくたんで棚卸~しします。

 

「チベット仏教の神髄」って、ぶっくがありまんねん。
そん中より・・

誰であれ会う人は大ぼら吹きばかりであり、
何であれ聞こえるものは嘘ばかり。
今日では誰も信用できない。
だから一人ぼっちでいなさい。

オム・マ・ニ・ペ・メ・フム

清浄信仰心
求道信仰心
不動信仰心
不退信仰心

これも言葉通り受け取ると、大きな誤解を招くのだけど。。
私は人が好きだし、交流するのも大好き。
でも、だからこそやっぱ、
この言葉は大きな救いになります。

自分以外の人が間違ってるんじゃなく、
自分が間違ってるんでもなく、

ただ、目の前に人間関係があって、
色んな日常があって、
それだけの事。

意味付けをしようとするから、わかりにくくなる。。

これは嬉しい事とか、これは悲しい事とか、
この人はこういう人、あの人はこういう人とか、
カテゴリー分け、レッテル貼りする、
習慣化の、恐ろしさ。

結論を急ぐは、怠け心。

でも行き着く先の、
真理が一つだって事は、
どこかでわかってる。
それはもの凄く幸せ。


著者: チベットハウス, 小林 秀英
タイトル: チベット仏教の神髄