くろごませんべいです口笛

 

こんにちはニコニコ

 

結構前に皆様の前で(確か2022年頃)

 

「座敷わらしがいるのかこの目で確かめる」

 

とか、壮大な事を言っておいて、結局当時の東北新幹線の脱線の影響でキャンセルしており爆笑

 

その後、研究は進んでません口笛気にはなってても色々な事を調べたいので後回しになって現在に至る

 

当時は予約する事に意気込んでましたね口笛下矢印しかも自信満々ですね爆笑まるで少年のような子どもっぷり

 

 

 

 

 予約の経過口笛

 

 

 

 自信満々なのに予約に繋がらず段々自分の占いに対して自信が無くなってきてる気分屋くろごま爆笑
 

 

 

 

 予約出来た日は占い結果通りだった為にまた自信を回復して気分上々な気分屋くろごま口笛

 

 

 

 
 東北新幹線の脱線となり、新幹線開通の見透し立たずキャンセルして、また気分がガタ落ちてます爆笑

 

 

 

勝手に盛り上がって自信満々だったり嬉しがったり、残念がったり気分の変動ハゲしめだと振り返ってます口笛
 
極端人間です爆笑
 
今年、関東で座敷わらしがいるという所へ行って見学してくると思い付いたのは手術前の1月上旬です
 
音楽講師にちょいと入院前に行ってくると連絡して(音楽やれよと思うけど病院が禁止してなので出来ません(;・∀・))噂の出る場所へ見学へ行ったという流れでした
 
その話の前に、現時点での私の座敷わらしへの個人的な意見や視点を述べます口笛
 
 
 
 
 
 
座敷わらしは簡素に言うと子どもの霊に分類されるものだと思われます口笛
 
①大家族もしくは貧困で子どもが養えない場合に子どもが飢えて死んだパターン
 
②大家族もしくは貧困で子どもが養えない、もしくは障害児の場合に子どもを害し葬ったパターン(赤ん坊)
 
③大家族もしくは貧困で子どもが養えず大百姓へ子どもを労働力として提供し、こどもは馬車馬のように働かされろくな栄養も与えられず死んだパターン
 
④流行り病で亡くなったパターン
 
⑤河童などの妖怪
 
⑥大工が施主と折り合いが悪く柱などに呪いをかけた説(札とか)
 
余談ですが⑥は今は家を建てることは江戸の大火等のように茶飯事ではないので、あまり詳しく解らないかもしれないですが、現代でも屋台骨が大方出来て地鎮祭をしたり、屋根裏に神様を入れますよねニコニコ
 
くろごませんべいは昔、結婚した相手が家を建てましたが、地鎮祭はやりましたが肝心の神様を屋根裏に入れてない状態であり、家を引き渡しの時に建築会社から
 
「屋根裏に神様を入れてなくて持ってきました!屋根裏に入れてください。二階の天井から置けば良いです」
 
だそうでガーン渡された家神用の御幣
 
なんとなく家主も住む人も居なくなりそうな感じしましたが、同じ工務店で似たような時期に建設した裏の家族も離婚となり、その裏の家では亭主が家を出て、私の方では私が家を出てます爆笑
 
何となく縁起の悪い事をする職人に任せるとこんな事はあるので嫌ですね口笛
 
 
 
座敷わらしと出会えると幸運が来るとも、憑いて来た座敷わらしが去ると没落とも世間では言われてます口笛
 
今は他力本願の思考の方々が多いので座敷わらしに出会えると幸福を得るとかの意見の方がまかり通ってるような気もしますえー
 
実際、有名人偉人で座敷わらしを見た人は出世してるので(松下幸之助氏、本田宗一郎氏など)そんなご利益話が流布されてますが、元々東北の古い話ではろくな話はありません口笛
 
座敷わらしがいる家は栄えるという話も、元々奉公人を使う家だから栄えてて、わらしがいなくなると没落というのも子どもを使役できない経済状況になったというそんな表れではないかと
 
岩手の緑風荘の座敷童子がテレビで有名になると、座敷童子が存在しなかったはずの青森や秋田、宮城、山形の隣県が座敷童子が出る宿として便乗し始めたのもおかしな話キョロキョロ

しかし、一般人が画像や動画を撮ると写ってもいたりするニコニコ
 
緑風荘のわらしは子どもの頃に病没した先祖がわらしと言われてるので、他の地方の間引きや子どもを多数働かせてた事に由来する話とは違った話です
 
知恵袋より座敷わらしについての意見を抜粋しますとこんな意見がありました口笛

 

①座敷童子がいるとされるのは大抵旧家、すなわち長く続いていて、結果富を持つ家系であり、「座敷」の「童子」というのは、旧家における近親婚が重なった結果に生まれた、奇形や知恵遅れの子供を座敷牢に閉じ込めていたのが目撃された等の事から端を発するのではないか、と言う説

 

②座敷わらしの行動パターンは、まず、これから大金持ちになる人の家に行き、そして、長年繁栄が続いたその家が、これから大きな災いなどに見舞われる少し前に、それを予知して出て行きます。 その後、これから大金持ちになる別の人を見つけ出して、富に恵まれている間だけ住み続け、その家がつぶれる直前に察知して出て行きます。 このことから、座敷わらしには、人の大成功や大出世と大没落を、遅くとも直前までに見抜く能力があると思われます滝汗

 

確かに行動だけ精査すると金の匂いに敏感な童でありますな爆  笑こどもなのに銭金やリッチな人に敏感という計算高さも感じられ、矛盾してますね

 
いずれにせよ結果論だけで言うと座敷わらしが来る時期と人は成功する前、そして成功する人
 
という事です多分滝汗
 
 
では、本題
 
 
私が座敷わらしという存在に対して思う事
 
「大人の人間に命を取られたり奴隷となって命絶えた子どもが大人に対して福や富や諸々の幸運を授ける訳がなかろう滝汗むしろ呪っていいくらいだえー楽して幸せになりたい人間が考え出した都合のいいご利益話だえー古事記、日本書紀にもそういった神の失敗のご都合物語がある口笛
 
大人が死に追いやった相手を自分の得や名誉になるように考えるちゃっかり思考回路がクズ過ぎるえー日本人の悪い癖なんです
 
太平洋戦争も家族を送り出して、死にやっていながら戦士した人を
 
「完璧で立派な人だった」
 
とか持ち上げるけど、当時はお上に逆らえないので国に反対する事も出来ないけど、兵役に就く人間に「お国の為に立派に勤めろ」なんて言って送り出して死んだ方はいたたまれないねキョロキョロ

芸能人も自殺した人等を美化して本質の問題を見ない傾向は頭がおかしいキョロキョロ
 
古事記、日本書紀ではイザナミとイザナギが声をかけて子どもが出来るという場面で口笛
 
女神様から男神様へ声をかけて生まれたのは出来損ないの神で自分達の都合で船に乗せて流したのですが(ヒルコとかいう名だったと思う)後に不要な存在として葬られた出来損ないの神は恵比寿か大黒かそれ系の神になってるんですが、これも後々のご都合主義
 
現実話では故瀬戸内寂聴という変わり種の僧侶は仏法を説かずして、自分の不倫が致し方なかったなどと都合のいい事を布教し、不埒な他人を不幸にする恋愛と娘と物差しに計って不倫を選んで子を捨てたようなものですが

晩年に娘と和解したとか大いに宣伝してたけど、どの口が言ってんだって事ですえーまるで相手が悪いみたいな言い方です。「和解した」じゃなくて、「受け入れていただけた」であろうに、晩年にになっても俗物自己中心
 
親が社会性があると子どもは周囲にいろいろ抑えられて、親を許せとか言われる事は多くなって、不納得で理不尽でも受け入れるしかないじゃんねキョロキョロ
 
立場上和解しても歩み寄った形跡はあったのか私は知らんけど、秘書が娘の様にお世話していて、晩年は和解した娘との交流は情報になく、秘書と親子みたいな話題ばかりでしたがどうなんでしょうね口笛
 
また、このような自己中心的な思想を持つ人は何のゆかりも縁もない座敷わらしに対して、会うだけで幸福になりたいからという下心あって、いきなり馴れ馴れしくして幸運にあやかろうという根性が腐ってると思うのです爆  笑
 
 
という訳で私の持論は
 
①単なる子どもの霊か何か
 
②大人によって命奪われたであろう子どもが死してまで大人に対して福や富や諸々の幸運を授ける理由が一切ない
 
③例外は祖先で病没ならまだ幸福の存在になるのは多少はわかるけど
 
④②より、単なる大人のご都合主義とワガママ思想で座敷童子が幸運をもたらすという考え方が滑稽
 
 
占いでも占い依存ユーザーって
 
「楽して幸せになりたい」
 
という無計画な人ばかりなんで、リアルな話しする占い師を嫌い、また自己憐憫、他責思考で頑張らないで幸運になれると思うから、幸福な人を恨んでいつまでも不幸な人ばかりっすキョロキョロ努力しないから
 
しかも、女性ユーザーは色キチガイばかりで、いつでも年中、男、男、男、彼、彼、彼(付き合ってもないのに彼という)とうるさい口笛
 
男性ユーザーは年中、上司むかつく、金、金、金、で俺は有能だとうるさい口笛
 
理想の憧れの彼とか付き合う前に性格と結婚の相性はどうかとか言う前にやる事あるだろって思ってました口笛
 
そもそも、お相手様にとって見た目が相当の好みでなければ相性なんて存在しないですけど占い女子はわかっちゃいないね
 
仕事で成功だという野望を持つのは良いけど日の目を見ないのは上司が原因ではなくて、自分の立ち周りの不勉強と要領の悪さと自己責任て事も占い男子はわかっちゃいないね口笛
 
そんな人々には座敷わらしって会えれば幸運になれる存在らしいんで、怠慢人間とアホが好む妖怪かと思いました
 
さて、実際に座敷わらしが存在するという地点では子どもの霊がいるのかどうかは精査中です爆  笑