神奈川ラーメン巡り~秘境ラーメン登場~
11月20日
雨が上がったばかりの山道が朝の陽光を浴びて銀色に光り、朝霧が白いヴェールのように風になびく。
降り積もった黄色い落ち葉が、甘い芳香を放ちながら地面に溶けていく。
この匂いが消えたとき、冬はやってくるんだということを、森の生き物たちはみな知っていた。
突如、怪しげなシルエットが霧の中に浮かび上がった。
「は~っ!・・は~っ!・・は~っ!」
むさ苦しい喘ぎ声を発しながら姿を現したのは、秋の深まる山間に似合わない、いきなり春がやってきたみたいに派手なピンク色のロードレーサーだ。
神奈川県の「宮ケ瀬湖」。
心霊スポットでも有名な「虹の大橋」の袂にやってくると、デジカメで写真を撮り、モニターで確認する。
「わはっ!やっぱ何も写ってねぇでやんの!」と嬉しそうに笑うと、彼はそそくさと先に行ってしまう。
きっと頭の中はいつも春・・一面の花畑が広がっているのかも知れない。
俺の愛機であるピンク色のロードレーサー「クレイジィ・エンジェル」が、落ち葉舞う、ヤビツ峠の「裏側」を行く。
自転車乗りで賑わう「表側」と違って、狭い道はぬかるみ路面も良くない。
だが・・川に寄り添うように走っているこの道には、大自然があった。
谷間を走ると同じ目線で鳥が飛び、黄色く輝く落ち葉で埋め尽くされた路面を恐る恐る走り、滝の落ちる清涼な音に耳を傾ける。
紅葉で極彩色に彩られた山々を眺めながら、俺はひたすら登り坂を走り続けた。
ヤビツ峠は、今日も相変わらず自転車乗りとハイキングで大賑わいだ。
裏側とは違った景色・・今度は人々が息づく街並みを見下ろしながら、愛機は山を下りて行った。
「おーい!まっちゃん!!」
下り直線区間で、登ってくるロード御一行に呼ばれたが、新幹線のすれ違いのごとき一瞬の出来事すぎて、振り向く隙もなかった。
(なにっ!誰か大体分かるが・・どこの変態だ!?)
俺は思案を巡らせたが、今はそれどころじゃなかった。このままでは奴との約束の時間に遅れてしまうのだ・・。
厚木市七沢・・山深い温泉旅館の隣にある、
秘境ラーメン屋「ZUND-BAR(ズンド・バー)」に到着したのは、11時30分。
・・約束の時間を30分も過ぎた頃だった。
友人のkATSUはすでにやってきていた。どうやら、奴も今さっき到着したばかりのようだ。
こんな山奥のラーメン屋に客が大挙してくるとは思っていなかったが、事実、駐車場は満杯になり、順番待ちのラーメン好きがズラッと並んでいた。
東京からチャリで来た俺も相当なアホだが・・お前らもかなりのもんだな・・。
俺は同情するような眼で彼らを見やった。
並んで30分ほどで席に着き、店内を見回して思わず笑いが出た。
「ZIMA」のネオンが輝き、水差しの代わりにビール瓶に水が入っている凝りようは流石だ。
スープを作る鍋(ずん胴)に酒場(バー)を掛け合わせた店名というわけか。
ステンレス容器に入ったラーメン・・
「あぶりチャーシュー塩らーめん(淡麗)」\900がやってきた時だった。
KATSUがしきりに時計を気にし、「巻きでお願いします!!」と耳打ちしてきやがった。
バスの本数が圧倒的に少なく、次のを逃すと1時間バスが来ないらしい。
マジかよ。俺は食った!食って食いまくった!!
「だが、KATSUよ・・このしょうがの効いたスープ・・江東区南砂のとうかんやを薄~くしたらこの味になると思わんか・・まあ美味いからいいけどさ。」
俺はチャリで、KATSUはバスで次の店へと向かった。
青い空の下にそびえる丹沢の山々が、なんか呆れ顔で俺を見下ろしている気がした。
KATSUの希望で海老名のラーメン屋「中村屋」の席に着いた我々のテーブルに、塩ラーメンがやってきた。
スープをすくったレンゲを口に運んだ我々は、同時に眼を見合せた。
「つい最近ですが・・これと全く同じようなラーメンを食ったような気が・・。
デジャヴ(既視感)とかやつでしょうかねぇ・・フフフ。」
とKATSUが奥歯に物が挟まったような云い方をした。
「奇遇ですな、私もなんですよ・・これがデジャヴ(既視感)とかいうやつなんでしょうなぁ・・ハハハ」
俺も合わせて、なんか思わせぶりな云い方をした。
それもそのはずだった。なにせ、最初の店と今の店は・・兄と弟でやっているからだ。
同じラーメンを2杯食ったのと同じだ!
KATSUよ・・なかなか面白い茶番につき合わせてくれたじゃないか・・
今度は俺に付き合ってもらう番だぜ。
我々はついに3軒目のラーメン屋、厚木の「本丸亭」にやってきた・・。
これぞド本命、他に真髄を許さない塩ラーメンの最高峰、来店するのもう5回目を数えるくらい大好きな店なのだった。
しかし、あの感動はこみ上げてはこない。
もう一回、スープを飲んでみた。そしてまた同じことを繰り返してみた。
そして、俺は悟ったのだ。
そうか・・3杯目で舌が麻痺して、もう味が分からなくなってしまったのか。
俺は泣いた・・心の中で泣いていた。
KATSUを見ると、奴も泣いている・・心の中で。
3軒目のラーメン屋の中で、2人の男が心の中でむせび泣いていた。
店を出ると、KATSUは本厚木の駅に向かっていった。その背中はひどく寂しそうであった。
我々のやったことは、一体なんだったんだ。
俺は自分の腹の贅肉をつまんだ。
クソっ!またデブになっただけじゃないか。
愛機にまたがり東京へ向けて走り始めると、傾いた夕陽が痛いくらいに俺の背中を射る。
踊るようにうごめく自分の影の隣に、もうひとつの影がすっと伸びてきた。敵機がこちらをロックオンしたようだ。
ほう。俺の後ろに張り付くつもりか。
いいだろう!死ぬ気で付いてきな!今の俺は燃料満タン!
波動砲くらいなら10発は撃てるぜ!!
ピンク色のロードレーサーがすさまじい気迫で国道246を東京へ向けて走って行った。
だが、ラーメン3杯分のカロリーはそう簡単には消費してくれそうもなかった。