乗り鉄!東武特急スペーシア!!
1990年・・俺の地元を走る東武鉄道に衝撃が走った。茶色い車体に、こげ茶のラインが入った、まるでお年寄りみたいに地味な特急「けごん」「きぬ」がついに引退し・・新しい特急、関東平野を時速120kmで駆け抜ける音速の貴公子、「東武特急スペーシア」が登場したのだった。
美しい流線型をした純白の先頭車両に、オレンジと黒の帯を巻いた斬新なカラーリング。
個室車両、各座席に飲み物や軽食を運んできてくれるおねいさん、VVVFインバータ制御、ボルスタレス台車など、最新技術を惜しみなくつぎ込んだハイテク車両。
途中に北千住と下今市の2駅しか停車しないという、まさに日光、鬼怒川へ行くためだけに生まれた最高の特急列車・・これよりカッコよくて豪華な特急はほかにない・・。
スペーシアは、幼い俺にとってはまさにヒーローだった。
10月30日
東武線、鬼怒川温泉駅のホームに黄ばみ、色あせた特急列車が俺を待っていた。
21年も前になるのか・・初めてコイツに乗った時は、本当に嬉しかった。
俺は東武特急スペーシア「きぬ」に乗り込むと、ゆったりした座席についてリクライニングを全開まで下げた。
列車は静かに、鬼怒川温泉のホームを離れて浅草に向けて走り始めた。
座席の脇にしまわれている大きめのテーブルを引っ張り出し、買ってきたジュースを置いた。外で飲み物を買わなくても、スペーシアには座席サービスがあるじゃないかと思うだろうが・・
今はもう、おねいさんは注文を取り、座席まで飲み物を持って来てはくれない。
3号車にあるビュッフェで、30品目弁当とかいう不味そうな弁当を買い、座席に戻った。
日光と鬼怒川の分岐駅、「下今市」を出ると次はもう、下町の六本木・・「北千住」だったのだが、現在は停車駅が大幅に増えてしまい、かつてのような爽快感は無くなってしまった。
俺がチャリで下町と日光を行き来している間に、ずいぶんつまらん特急になったもんだな・・兄弟。
旅の疲れか、俺はしばらく眠ってしまい、気がつくと東京スカイツリーが車窓に映り始めた。
隅田川に架かるシックなデザインの鉄橋をそろりそろりと渡り、90度曲がったところが終着駅の「浅草」だった。
満席だった乗客をホームに吐き出し、再び乗客の夢を乗せて遥か鬼怒川温泉や日光まで走っていく、ちょっと疲れたヒーローの姿を背にして俺は浅草駅を後にした。
俺は家にある模型列車Nゲージ「特急スペーシア」を十数年ぶりに出してみた。
純白のボディーに鮮やかに映えるオレンジと黒の帯。
俺はもう模型列車にしか、かつて鉄<テツ>を熱狂させた、豪華特急の面影を追うことしかできないのだった。