世の中は相も変わらず慌ただしい。
処理水、ジャニーズ問題、破綻寸前の中国不動産、
山火事も世界各地で収まる事も無く、

ガソリン高騰の抜本的な改革をしない政府、

この解決策は実は凄く簡単なのだが。
40年前にコンビニが周辺に出来出した当時、
キットこのミニストアーは地元の地域的有効性を崩壊し
小売店業界の独裁者になると、友人たちと話し合った事があった。
そんな象徴的な出来事、「そごう・西武」売却劇、立場が逆転。
コンビニは現代社会では便利で欠かす事の出来ない存在だが、
運営は店のオーナーの過酷な犠牲の基に成り立っているのを、
一般利用者はあまりご存じでない。

昔コンビニでバイトをした事があったが、
ここで問題なく仕事するのには、ただひたすら沈黙し、
ある意味ロボットに徹する事、それ故に24時間営業を強いられ、
人間的、動物的な就寝を認めようとはしない、
それ故に米国のハゲタカファンドへの売却、
24時間営業は今では普通のように思っているが、
これはハッキリ言って異常な状態、人間のエゴと企業の欲望が合致。
40年前にその他に話し合った携帯電話の普及と依存性、
将来メディアのスポーツの扱いが過大になり、
それに伴い幼稚化と白痴化に拍車が掛かる?
その時危惧した事が次から次へと現実になっていく。
今回のジャニーズ問題は多少なりとも
メディアの重要な役割について浮き彫りにしたようにも見えるが、
資本、企業の欲望が収まる事は無いので、
スポーツも薬にもなるが毒にもなる事をお忘れなく。

前回の朝日放送版「京之御所離宮」の修学院離宮の続き上離宮。



ドイツの建築家・ブルー・タウトは、
桂離宮を「眼は思惟する」、修学院離宮を「眼は見る」と評した。
これは桂離宮には深く考察された造形が表現されているが、
修学院離宮には無いと言う事を意味していると思われるが、
タウトのパラノイア的性格による事もあり、あまり気にする事でも無い。



比叡山麓の自然の丘陵地に造成された修学院離宮は
昔は近隣には住宅は殆ど無かったが、今ではこんなにまで迫り、
周辺の農地をかなり買い上げにより、環境を守っている。



私自身、35年ほど前に写真の左側、歩いて二、三分の所に住んでいたが、
今ではこの周辺の景色はすっかり変わってしまっている。










修学院離宮で一番の高台に建つのは「隣雲亭(りんうんてい)」。
池を眺望するための簡素な建物で、床、棚などの座敷飾りは無く、
装飾は欄間の花菱文と釘隠にみられる程度である。










主室の「一の間」は6畳、その南に「二の間」があり、
一の間の北側には4畳の「洗詩台(せんしだい)」がある。











洗詩台、一の間、二の間の西側及び南側には板縁をめぐらし、
その周囲は深い軒の下の土庇となる。
土庇部分の三和土(たたき)には赤と黒の小石が埋め込まれ、
「一二三石(ひふみいし)」と呼ばれている。










洒落っ気のある土間仕上げ。






三方吹き放しの洗詩台は別棟として建てられ、
かつて崖上に迫り出しており、
現在より規模も大きかったと言う。



ここより松ヶ崎、宝ヶ池、北山を見晴らす事ができ、
浴龍池、中島のみならず、愛宕山、西山も望める。











雄大な秋の景色は格別だった事だろう。

 

 

 




又、観月も行われ、
桂離宮が月の出を愛でたのとは対照的に、
西の月の入りを鑑賞したと言う。



浴龍池とは、かつて中島の万松塢の露出した岩盤が、
あたかも龍の背のように見えたことから名付けられた。











森の中に高さ6mの大滝(雄滝)の石組が見える。
那智の滝を模したものといわれ、











音羽川の流れを引いていて、
滝の水は下の浴龍池に注がれている。











後水尾院によって造営された上の茶屋・下の茶屋の建物は、
ほとんどが滅失または再建されている中で、
「窮邃亭(きゅうすいてい)」は唯一、創建当時のものとされている。










上皇の御休み所として造られ、
浴龍池、西浜の景色を全面で楽しむ為に建物は細い柱で支え、
西側、北に肘掛窓を開いている。










南側上がり口の軒下の「窮邃」の額は後水尾院の筆である。











やはり桂離宮の茶屋と違い、
修学院離宮は極めて簡素な造りである。






浴龍池に架かる中国風の「千歳橋(ちとせばし)」は、
江戸時代後期、、京都所司代・内藤信敦は千歳橋石橋台を献納し、
その後、水野忠邦が千歳橋屋形を献納する。

 



日本を代表とする小説家がこの橋についてボロクソに言っていたが、
おそらくブルーノ・タウトの感想を真に受けたのだろう( ´艸`)。

 

 

 

 

 

 



浴龍池の北西の岸には杉皮葺の簡素な御舟屋。



今では紅葉時期の拝観は地元民でも至難の業。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




場合によっては雪の日が穴場かも知れない。

 

 

 

 

 

 

 





交通機関が全面的にストップし、

 

 

 

 

 

 

 





他府県の人が移動できない時、

 

 

 

 

 

 






又、「捕らぬ狸の皮算用」をするパラノイア的夢想家の呟き。

何とかしてくれこの暑さ( ´艸`)。