6月7日は平安神宮神苑の久々の無料開放で、
大勢の方が押し寄せていたが、花菖蒲と睡蓮が見頃もあり、
それ以降も盛況になっているらしい。

前後してしまったが、
平安神宮に立ち寄る前に伺った無鄰菴(むりんあん)。
確か4、5年ぶりになる。



以前は庭園の狭い裏口が入り口だったが、
今は母屋の玄関が受付になっていた。












無鄰菴は内閣総理大臣を務めた山縣有朋の別邸で、
母屋・洋館・茶室の3つの建物と庭園によって構成されており、
庭園は施主の山縣有朋の指示に基づいて、
七代目小川治兵衛により作庭された近代日本庭園。





多少のあしらいに変化あるものの、
好みの要所は変わりはなさそう。



六畳ほどの中庭、方丈の坪庭は最も好きな空間。











ここを介しての眺めはこの上ない。












天候とカメラと技量が良ければ、
それなりの光景が御見せ出来るのだが、
如何せんどれもこれも未だ達せず( ´艸`)。

 

 

 

 

 







この開口部の枝ぶりも以前と変わらず、




山縣は「軍国主義者」、「帝国主義者」と評され、
又、権力志向と共に所有欲も強いのか、
この無鄰菴以外に本邸の椿山荘、各地に多くの別邸を所有していたが、
数寄者としての一面も備えていて、
漢詩、仕舞、書を好み、生涯に数万首の和歌を読んでいる。
特に庭園の造詣は深く、自ら造園に采配を振るっている。



当時、日本庭園の地肌には苔が配されるのが常識だったが、
山縣はイギリスなどに見られる自然風景式の、
当時では珍しい芝生の日本庭園を出現させていた。
しかし造営から暫くすると高湿度の環境下、苔が優勢。
現在は50種以上の苔が生育しているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

庭園の奥には三段の滝が造られていて、
琵琶湖疏水の水が引き込まれ、
清らかな流れと池を潤わしている。

 

 

 

 

 

 






山縣が無鄰菴をこの地に築いた背景には、
東山山麓の南禅寺下河原一帯を別荘地として位置づけて、
発展させようとしていた当時の政財界の動きがあったそうだ。











現在、無鄰菴では茶道も積極的に取り組んでいて、
初心者向けの茶道教室も行われているみたいだ。












もう一つこちらを伺った理由は、
洋館で「苔むすテラリウムの魅力」展がなされていたから、












2022年6月1日(水)~6月30日(木)まで












少し来ない間に無鄰菴は、
想像できない程新しい試みに手掛けていて、
新しい庭園スペースとして進化しているようであった。











出口は以前の一人が通れる位の狭い入り口、
絶対にお相撲さんは通れません( ´艸`)。












お隣の瓢亭は近隣が変わろうとも、
今尚、弥次さん喜多さんのお越しを待っているようだ。