先週、すべらない話を見ていて、あることに思った。
それは、終わりが見えるものと見えないものが二つのタイプの番組が存在するということである。
終わりが見えないものつまり、企画の核になるものがあるが、最後落ちが決まっていない構成と
終わりが見えるものつまり、企画の核になるものがあり、最後がある程度決まっている構成の
二つの番組構成が見える。
前者は、すべらない話、水曜どうでしょうなどがあり、
後者は、黄金伝説、内村プロデュース、めちゃイケなどがある。
ただ、内村プロデュースとめちゃイケは、登場人物が持っている素質や能力が台本の枠を
大きく超えているため、あまり大きな問題にはならない。
ただ、視聴率だけで番組を評価するだけの時代は終わったと思う。
番組の内容と質にこだわるという時代に換わっているのではないだろうか。
いつまでも古い体質だけでは、時代に乗り遅れ離れていくことをテレビ局は、
もっと考えるべきである。
PS 有馬記念は見事に外れました。残念。
それは、終わりが見えるものと見えないものが二つのタイプの番組が存在するということである。
終わりが見えないものつまり、企画の核になるものがあるが、最後落ちが決まっていない構成と
終わりが見えるものつまり、企画の核になるものがあり、最後がある程度決まっている構成の
二つの番組構成が見える。
前者は、すべらない話、水曜どうでしょうなどがあり、
後者は、黄金伝説、内村プロデュース、めちゃイケなどがある。
ただ、内村プロデュースとめちゃイケは、登場人物が持っている素質や能力が台本の枠を
大きく超えているため、あまり大きな問題にはならない。
ただ、視聴率だけで番組を評価するだけの時代は終わったと思う。
番組の内容と質にこだわるという時代に換わっているのではないだろうか。
いつまでも古い体質だけでは、時代に乗り遅れ離れていくことをテレビ局は、
もっと考えるべきである。
PS 有馬記念は見事に外れました。残念。