JR北海道 全線完乗への道!その12 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。前回からの続きです。
「室蘭本線」を北に「岩見沢駅」へと向かっています。

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日本有数の石炭生産地、「夕張」をはじめとする「空知炭田」から産出された石炭を全国へ向けて輸送していた歴史ある路線で、前回の記事でも触れましたが「日本で最後に蒸気機関車が定期運転されていた路線」でもあります。

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夕張方面、そして道東の帯広、釧路方面へ向かう「石勝線(せきしょうせん)」が離れて行きました。こちらは、はじめて北海道にやって来た20年前に乗車したことのある路線です。

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普通列車ですので各駅に、丹念に停まって行きます。
停車するたび、軽いアイドリング音とともに車内には心地よい静寂が訪れます。
三川駅(みかわえき)にて。

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駅を出発しますと、広大な「石狩平野」を淡々と走って行きます。
すでに午後2時を回っていて、午後の柔らかい陽射しが車内を包み込みます。
実に眠くなります。「心地よい」ということですよ(笑)

では、終着の「岩見沢駅」までは車窓風景を中心にお送りしたいと思います。

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「古山(ふるさん)、由仁(ゆに)」…と進みます。
意外と言っては何なのですが、沿線には新しい住宅街が林立する姿も見られます。ここ「石狩平野」はいわゆる「道央」に位置するところで、札幌にも近く鉄道や高速道路も整備されていて、「道内有数の穀倉地帯」でありながら人口も多いそうです。

ただ、乗車しているこの一両編成のディーゼルカー、始発の「苫小牧駅」からはがら空きでした。この路線に限りませんが「沿線が開けているのに鉄道が十分に活用されている様子でない」ということを痛感する瞬間でした。難しいところですね…

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特徴的な駅舎の「栗山駅(くりやまえき、空知管内栗山町)」に到着。

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駅名のアピール具合が「これでもか!」という感じですね(笑)

しかし、「北海道にあって栗山」と言いますと、地元ファイターズの「栗山英樹監督」を想起します。ご本人とは関連はないのでしょうけれど…

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ところで、先日の記事でこの「室蘭本線」沿線には炭鉱がたくさんあって…ということに触れたのですが、車窓から眺めていますと、それら山々は結構遠くに位置しているようです。この線から、鉱山のあるふもとへと数多くの支線が設けられ、石炭輸送の任に当たっていたようです。

平坦なところを走る「室蘭本線」なのですが、車窓風景は変化に富んでいて、いつしか眠気は吹き飛んでいました(笑)

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「志文駅(しぶんえき、空知管内岩見沢市)」に到着。

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山小屋を思わせるデザインです。
駅名称の由来はアイヌ語の 「シュプン・ベツ(ウグイ⦅ハヤとも称される、淡水魚の一種⦆・がいる川」だそうです。

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この駅を出ますと、いよいよ終着の「岩見沢駅」です。
車窓奥の山々は相変わらず遠く見えるのですが、そのふもとに、赤い観覧車が見えました(画面中央右側)。気になりますね。

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地図を引っ張って来ますと、「北海道グリーンランド」という遊園地でした。
昭和61(1986)年に開催された「北海道21世紀博覧会」という催事の跡地だそうです。
またその前年まで、先の「志文駅」からは「万字線(まんじせん)」が分岐しており、「万字炭山(まんじたんざん)」という駅までを結んでいました。この駅名でわかるのですが、この路線もやはり「石炭輸送」に特化して開業したものでした。

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ほどなく「函館本線」と合流、終着の「岩見沢駅(いわみざわえき、空知管内岩見沢市)」に到着しました。「空知総合振興局」の所在地でもあり、この地域の中心地です。

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ホームには「岩見沢名物」として有名な「ばんば」の像が鎮座していました。
「ばんえい競馬」が行われていた「岩見沢競馬場」はすでに閉鎖されたとのことですが、ここ「岩見沢」をいまなおイメージさせる存在なのですね。しかし、大きいです。

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午前中からお世話になった「日高本線仕様のキハ40形」とはここでお別れです。

次回に続きます。
今日はこんなところです。