トライアスロンの第一章を、今年をもって終えます。
2015年、倉敷トライアスロンから始まった「自分の挑戦」は、
気がつけば11年という長い時間になりました。
2015年倉敷ではじめてスタートラインに立ち、
2016年には、はわいトライアスロンと倉敷に続けて挑戦し、
競技の奥深さと、自分の可能性に触れました。
2017年、
はつかいち横断みやじま国際パワートライアスロン大会で、
初めてミドルの舞台に立ち制限時間まであと1分4秒で、
フィニッシュという自分の限界に踏み込む感覚を味わいました。
あの宮島の海を泳ぎ、坂を登り、走り切った時間は、
今でも鮮明に覚えています。
2018年、
4月に練習中に単独落車してしまい、
その影響で宮島・皆生・佐渡という大きな挑戦をすべて辞退することになりました。
また、落車の直後には親父が亡くなったり、
その他いろいろなことがあった1年でした。
「どうか今年を無事に終えれますように!!」
そんな不安を抱えながら過ごした1年でした。
2019年、びわ湖トライアスロンで復帰し、
生涯PBとなる3時間03分46秒を記録しました。
あの娘とのゴールの瞬間は最高でした。
その勢いのまま岩手の釜石はまゆりトライアスロンにも遠征し、
忘れられない思い出のひとつになりました。
2020年からはコロナの影響でレースから離れ、
途切れた時間を経て、
2022年にサンポート高松で3年ぶりにスタートラインへ戻り、
翌2023年も続けて出場しました。
そして2024年からは、
ずっと目標にしてきたロングの舞台、皆生へ挑戦しました。
皆生は、自分にとって特別な場所。
ずっと憧れていた舞台でした。
しかし結果は、3年連続でDNF。
最後まで越えられなかった壁でした。
あの海を泳ぎ、あの坂を登り、あの暑さの中を走った時間、、
3年間挑み続けた時間は嘘でも偽りでもなく事実です。
悔しさも、苦しさも、力不足も、日々の積み重ね不足も、
3年間その「自分の弱さ」を克服できませんでした。
そのすべてが自分の皆生トライアスロンでした。
11年間トライアスロンを通じて、
多くの出会いもあり、学びもあり、
楽しい時も充実した時間もたくさんあり、
やり切りました。
何を言われようとも、胸を張って「自分の挑戦」には区切りをつけます。
トライアスロンの第一章を終え、
次のステージに向かいます。
これからも頑張ります。
本当にありがとうございました。
「運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり。」
──上杉謙信
2026.7.19 第44回全日本トライアスロン皆生大会






