ずいぶん昔のことだけど、叔父がオリンピックに出た。以下はその父親、つまり自分の祖父がある誌上に寄せた文章の一部。祖父は今の自分とほぼ同じ年齢だった。
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「・・・皆様の温かいご指導を受けオリンピック大会に出場することが出来ましたのは望外の喜びでございました。・・・高校一年生で国体に選ばれて初出場し、その后次々と各種大会に出場したわけでありますが、愚息をこれまでに成長さして下さった恩師、諸先輩のご苦労を思いやると何とお礼を申上げてよいやら言葉がございません。この機会に紙上をかりて深甚の謝意を表したいと存じます。
この間の私達の苦労と云っても、何も知らぬ私達のことでございますので苦労のしようがございません。たゞ「○○は国体に出るんだ」「今度はオリンピックに出るんだ」と夢の様な気持ちでおろおろするばかりでございました。
親として子が次々と有名大会の選手として選ばれて出場することはこの上なく嬉しく、又楽しいものでありましたが、大学の選手となってからは「これは大変だぞ、ボヤボヤしてはいられないぞ」と云う気持になり、種々と私達の在り方を考える様になり、皆様のご指導により「スポーツの原動力は心身の円満な発育にあり」との原則に従い専ら体をこわさぬ様、又悪い遊びをせぬ様とたゞそれだけを念願して参りました。お陰様で何ら技術の進歩に支障を来す様なこともなく立派に育って参りまして皆様のご恩に報いることが出来ましたことは、この上ない喜びでございます。私達は私達なりの経験よりして、スポーツマンの育成は天分も又一つの要素ではありますが、それにも増して諸先輩の温かい、そして厳しい御指導と本人のたくましい意欲と従順な精神でなければいけないと、つくづく感じました。そしてこれからこの道に志す人々の何等かの指針となればこの上ない喜びでございます。」
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プロスポーツといえば野球ぐらいしかない時代のこと、オリンピックに出てもその競技でプロになれるわけではない。中学、高校と公立の部活でやって、大学か実業団でオリンピックに出る。そんなアマチュア中心ののどかな時代だった。叔父はその後、高校の教員になり、定年退職した後も部活の監督をしていた。20年近くやっていたらしい。
今の自分とほぼ同じ年齢の祖父が親としての心情を書いたものを読むのは、なかなかに感慨深い。息子はオリンピックの選手になるような器でもなさそうだし、親としては夢のような気持ちでおろおろすることもないだろう。心配の種は尽きないけれど。