大学の研究室は、社会の縮図だ。教授、准教授、ドクター、マスター、学部生、そして留年した男。この序列は、社長、部長、課長、係長、平、無能な平、バイト、無能なバイトという、会社組織の中の序列に似ている。

 私は、序列最下位の、留年した男だ。その事実を悔しがり、周りの人を妬み、自分を蔑むことは、愚かなことだ。どれだけ遅れていても、才能がなくても、頭が悪くても、研究室の名君たちの中で生活していけば、自分も名君の同志といえる。
 自分の頭が悪いからといって、裏でこそこそ勉強し、十分な学力を身につけてから研究室の仲間入りをするのは、愚かなことだ。頭が悪く、醜く、情け無い自分。これを晒して初めて、研究室に所属している意味が出てくる。初めから天才で、美麗で、何一つ懊悩しないのならば、研究室なんか抜け出し、山奥の独自ラボで一人研究に没頭しながら隠遁生活すれば良いのだ。研究室で恥を晒すことは、社会に出たときに恥を晒さないための学びの機会だ。もし社会で恥を晒すことがあっても、学生時代を思い起こして気持ちを落ち着けることができるだろう。

 研究室の周りの人と協力しないことは、これは非常に愚かなことだ。なぜ、隣で電極を作製するのに困っている人を傍観するだけなのか。なぜ、発表後に飛んでくる質問をただ聞いて満足しているのか。困っている人の隣に立っているだけならば、それはもはや柱だ。発表者の質問をメモせずに、発表者の恥晒しを見るのに耽っているだけならば、それはもはや意地悪な幼稚園児だ。助け合い、これこそが研究室全体のポテンシャルを上げる。陰気な性格だとか、留年して気まずいとか、雑談が苦手だとか、そんなことを言っている暇はない。8050問題を引き起こす当事者になりたくないならば、勇気を振り絞って人に話しかけ、有用な人と見なされる努力をしなければならない。

 青色発光ダイオードを開発した中村氏は、愚かだ。彼は自分の業績に陶酔し、企業という組織に所属していることを忘れていた。どんなにウザいやつがいても、どんなに生理的に無理な社員がいても、仕方ない。そもそも、個人の業績が企業の業績になることの何が不満なのだろうか。社長はスターリンのように、穀物を全部没収していく鬼畜なのだろうか。考えてもみなさい、人間が生きていく上で必要なのは、服・食べ物・住処、この3つしかない。企業はこれを保証する程度の給料は恵むだろう。それでも不満だというならば、もはや贅沢者としかいえない。会社を辞めて企業するでも、転職するでも、親の農地で農作物を栽培するでもすればいい。
 中村氏は頭が良い代わりに、人間国宝の候補にはなり得ない。人間国宝に必要なのは、人々に「与える」という気持ちを持ち、実際そうする才能だ。自分の業績は、自分一人で成し遂げられたものではない。周りの実験環境を整えてくれたのは、他でもない、企業だ。これに感謝の意を示していれば、どう考えても特許がどうのこうのとゴネるなどあり得ない。中村氏は頭が良い代わりに、美しくない。ちなみに武藤氏も頭が良い代わりに、心が汚い。

 結論としては、普通の人間は組織として動くしかない。衣食住の保証と、少々の趣味のためのカネ、あとは病院代があれば、それ以上のカネは不要だ。そして、個人の実力至上主義は愚かであり、協力こそが自分の人生を豊かにするという、簡単な話である。
 研究室には10数名がいて、一人を除く全員が安物の椅子に座っている。
 その一人は、教授が使っているような高価な椅子に座っている。
 その人は博士課程2年で、数々の賞を受賞している。
 あと三年もすると、教授は定年を迎えるらしい。となると准教授が教授になるのだろうか。では、誰が准教授になるのか。
 三年後、それが明らかになっているだろう。しかし、誰がなるのか凡そ分かる気がする。
尻、厳密に言うならば、肛門が痛い。
今日久しぶりにうんこをした。尻をふいていると、またしたくなって実際に出た。そして尻拭きを再開したら、またしたくなって、そのサイクルを合計4回した。
血が出て、痛い。湯船につかったけど痛い。うみが出ている。
早く治っておくれよ。尻が痛いのは辛いよ。痛い。