チェーンソーを振り回す | 無精庵徒然草

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無聊をかこつ生活に憧れてるので、タイトルが無聊庵にしたい…けど、当面は従前通り「無精庵徒然草」とします。なんでも日記サイトです。08年、富山に帰郷。富山情報が増える…はず。

Yosi ← 永井 義男【著】『吉原の舞台裏のウラ―遊女たちの私生活は実は○○だった?』(朝日文庫)  「江戸時代に遊郭が設置され繁栄した吉原。その実態を覗き見しつつ、繁栄の裏側に隠された遊女の実像や当時の大衆文化に迫る」

 

 永井 義男著の『吉原の舞台裏のウラ―遊女たちの私生活は実は○○だった?』 を読了した。仕事の合間に百頁。帰宅してその日の夜から翌朝にかけて200頁ほどを一気に。

 出版社の内容案内に「江戸時代に遊郭が設置され繁栄した吉原。その実態を覗き見しつつ、繁栄の裏側に隠された遊女の実像や当時の大衆文化に迫る」とある。貧しさや親(多くは男親の放蕩)ゆえに女衒に売られ、そして苦界に沈んでいく少女ら。遣り手や先輩女郎らに芸や色の道を教え込まれる。田舎ではありえない贅沢の極みと、一旦堕ちるととめどない奈落の底。錦絵に観られる豪華絢爛な姿は実態とは懸け離れていたという。着るものも食べるものも想像の他の貧しさ。

 中には源氏物語などを読む遊女もいたようだが、風呂だって月に一度しか入れない。数年の苦役を終えた頃には体は性病などでボロボロになる。なんといっても苦行の日々なのだ。
 「伏見の遊郭の子として育」った、「廓」(至文堂)の作者・西山松之助の言葉を借りると、「女郎の人生なんて、3Kの極地かもしれない。男の欲望の掃き溜め。死ねば死骸は投げ捨てられるし」。

 

Hototo ← 庭仕事の御褒美じゃないが、庭の裏手にひっそりとホトトギス(?)の開花。誰にも気付かれない場所。我輩ですら、たまたま庭仕事で庭の奥まで入り込んだから気付いた。せっかく咲いてるのに、誰にも気付かれないなんて。

 

 またまた朝から懸命に枝葉の伐採作業。今朝はチェーンソーを使って。しかも、脚立の天辺に昇って。チェーンソー 重たい。それを木の幹にしがみついて片腕を伸ばして。泰山木と夾竹桃をメインに。落ち葉の季節が到来する前に可能な限り、枝葉をスッキリさせたい。が、一時間ほどやったところで、チェーンソーの歯が外れてしまった。くそっ これじゃチェックソー!だ。
 仕方なく、この数日、伐採してそのまま庭中に散らばったままの枝葉を袋に詰めたり、納屋に放り込んだり。これもなかなかの作業だった。庭仕事約3時間。やり過ぎ。あとの疲労が心配。

 それでも、午後、かなりの時間を居眠りに費やした挙句だが、S. ストロガッツ著『インフィニティ・パワー  宇宙の謎を解き明かす微積分』( 徳田 功訳 丸善出版)を読み浸った。アルキメデスからガリレオやケプラー、デカルトやフェルマー、そして今日読んだ箇所では、ニュートンやライプニッツが関わった微分と積分の数学史。面白い。

 

Shumei ← このシュウメイギクも庭の隅っこで咲いていた。庭仕事しないと気付かなかった。

 

 何だか嫌な夢をしばしば見る。悪夢じゃない。シチュエーションが嫌。自分が土壇場に追い詰められて……切羽詰まった瞬間 目覚める。夢で良かったと安堵するが、何度も繰り返されるときつい。体じゃなく、心の問題?