銀河鉄道の旅 北前船の旅 | 無精庵徒然草

無精庵徒然草

無聊をかこつ生活に憧れてるので、タイトルが無聊庵にしたい…けど、当面は従前通り「無精庵徒然草」とします。なんでも日記サイトです。08年、富山に帰郷。富山情報が増える…はず。

Chocho-2 ← 今日(24日)は久しぶりに庭仕事を夕方近い17時から始めた。それほど気温がそんなに高くなかった。作業の途中で、倒れ込むことも、水を飲む必要もなかった。作業を切り上げ、さあ戻ろうとしたら、蝶々が。揚羽蝶? 姿は何度も見かけたが、近付くとサッと飛び去るので撮れなかった。今回は余裕で撮影。もしかして、蝶々も活力を失ってきた? 作業中はカメラ(スマホ)を携帯しない。以前、デジカメを携帯していて、汗でカメラがカビだらけになったから。なので、蝶々を見かけた吾輩は、ダメもとで、スマホを置いてある玄関へ戻り、手にしてまた現場へ戻った。もう、何処かへ飛び去っただろうなと思いつつも、その場を見たら、まだ居る!

 

 今日(23日)は、半勤。通常なら夜半過ぎに帰宅するのが、夕方7時のニュースに間に合って帰宅した。瞬間湯沸かし器洗髪もやったし、洗濯の第一回もやっている。仕事の日にはアップできないはずのブログも当夜に更新。一服したら、読書もできそう。たまの半勤は時間のありがたさを痛感させられる。

 

4087455718_20200825125301  ← 鳴海 章【著】『密命売薬商』(集英社文庫)「時は幕末。富山藩の薬売り、於菟屋藤次が帯びた使命は薩摩への販路開拓。交渉の切り札“昆布”を求め、北前船で大坂から蝦夷へ。死と隣り合わせの道中、秘伝の忍の技で難局を切り抜けていく。一方、支藩の動きを察した加賀藩が放った刺客は必殺剣の使い手、馬渕洋之進。北から南へ呉越同舟の決死行」

 

 鳴海 章作の『密命売薬商』を読了した。内容については上記のよう。
 必ずしも時代小説歴史小説については熱心な読者でない吾輩が本書を手にしたのは(書店でたまたま目にした)、題名に売薬商とあり、テーマとして富山藩と薩摩藩との絡みがあるからである。富山県人の吾輩、親戚に売薬さんがいた。身近だったのである。
 さらに、過日、「歴史秘話ヒストリア「富山の薬売り 知恵とまごころの商売道」 | 歴史秘話ヒストリア | 関西ブログ」を録画で観たからでもある。


 この番組は、「富山の薬売りは、なぜ全国的に有名なのか…そんな素朴な疑問から歴史を追っていくと、明治維新での薩摩藩の動きにも密接に絡んだ壮大な物語につながりました。薩摩担当の薬売りが、薩摩が必要としていた昆布の密貿易を助けることで、財政立て直しにも一役買っていたというお話。さらに、スパイのような活動や藩士の看病まで。薩摩が力を蓄えなければ、明治維新につながる動きも違っていたかもしれないと考えると、富山の薬売りの存在は、幕末に大きな役割を果たしていた」というもの。


 売薬商は他国の者の侵入を厳しく取り締まる薩摩藩にも入り込んでいたこと、そのことが幕末から維新の歴史に富山藩が深く関わったことも知っていた。が、こうした北前船や昆布との絡みまでは知らなかった。
 本書はまさに吾輩が求めていた知識を埋めてくれるタイムリーな小説だったのである。

 

 昨日の拙稿「漱石と猫と鼻」において、漱石の「吾輩は猫である」を採り上げた。物語の中で、とある夫人の鼻が大いに話題になっていた。かなり執拗にあげつらわれている。となると、なにかモデルとなる人物がいるのでは、さらに文学作品である以上は、漱石作品の前後に何らの影響関係などがあるのでは…。
 が、その中で一番肝心な論点が抜けていると、その後、当該の箇所を読み進めて気づいたのである。
 それは、まさに物語の中で、ロレンス・スターン 著『トリストラム・シャンディ』が登場人物によって言及されているのだ。これは、漱石の「吾輩は猫……」に影響を与えたことでも有名な作品。確かに、「吾輩は……」の中でも言及している箇所がある(p.126)。


 ロレンス・スターン 著の『トリストラム・シャンディ』 (朱牟田 夏雄 訳 岩波文庫)とは、内容紹介によると、「プルーストやジョイス等の“意識の流れ派”の源流とも先駆的作品ともいわれる本書だが,内容・形式ともに奇抜そのもので,話しは劈頭から脱線また脱線,独特の告白体を駆使して目まぐるしく移り変る連想の流れは,いつか一種不思議なユーモアの世界をつくり出し,我々はただ流れに身を任せ漂うばかりである」という。
 内容の分析は今は未読である以上は、詳細は後日に期す。

 

Kenji_20200825123401  ← 谷口 義明【著】『宮沢賢治『銀河鉄道の夜』と宇宙の旅―天文学者が解説する』(光文社新書)「『銀河鉄道の夜』をテーマに賢治の宇宙観に迫る。このユニークな童話はどのように構想されたのか。賢治は宇宙に何を見ていたのか。天文学者による、これまでにないアプローチ」

 

 谷口 義明著の『宮沢賢治『銀河鉄道の夜』と宇宙の旅―天文学者が解説する』を昨日(24日)早朝、読了した。「『銀河鉄道の夜』をテーマに賢治の宇宙観に迫る。このユニークな童話はどのように構想されたのか。賢治は宇宙に何を見ていたのか。天文学者による、これまでにないアプローチ」というもの。科学者の視点からの賢治作品分析の本は過去少なからず出ている。現役の天文学者の知見による『銀河鉄道の夜』解析は実に面白かった。賢治が生存当時知りうる天文学の知識に違わないのはもちろんだが、時に現今の銀河像を先取りしているのではと思える記述も見受けられるとか。


 例えば、賢治の時代には知りうべくもなかった銀河が星雲であり回転している像が示唆されているような表現。尤も、「カントラプラスの星雲説」があり、これは、「1755年にカントが唱え、96年にラプラスが補説した、太陽系の起源についての説。緩やかに回転する高温の星雲状ガス塊が、冷却収縮するにつれて回転を速めて環を生じ、環は球状にまとまって惑星となり、中心に残ったガスが太陽になったというもの」。これは賢治が知っていても不思議ではないだろう。