オレは、薄明の夜空を眺めていた。
月影の町が青い光の海に漂っている。
夜空は磨り減った青く透明なタイルだ。空一面の巨大なタイル。その半面は限りなく透明な青。でも、残りの半面は、オレには見えない。
もしかしたらオレンジ色、それとも真っ赤な血の色のレンガなのかもしれない。
不意にいつか見た、マーク・ロスコの絵を思い出した。
展示された作品の脇には、抽象表現主義的な作品と説明されていた。オレにはそうは思えなかった。
なんだか、やたらと神経に障るものがあった。精神の世界に沈潜している、好意的に理解すれば、そういうことになるのかもしれないけれど、オレには、ロスコが世界を拒絶しているように思えてならなかった。
オレたちの世界を忌避して、そして彼は超越的な世界を夢見ている。
ふん、勝手にしろ、だ。そんな夢を追っていられるなら、最初から訳の分からない世界に踏み迷うはずがなかったんだ。オレにあるのは、糞詰まりを起こした涙腺、やけに高鳴る心音、ピクピク引き攣る頬、乾いた喉、隣りからの視線、眠れない夜、そして…、やたらと甲高い金属音なのだ。
オレの音。オレを駆り立てる音。あの音をもう一度、聞きたい!
際限もなく縮小していく心。折り畳まれ、幾重にも重ねられ、その上を踏みつけにされ、そうしてオレは、消え入る寸前なのだった。オレとは、厚みのない箱、幅のない面、長さのない線なのだった。オレは、世界の中で芽吹くことができずに、無闇なまでに血肉が抉られてしまたのだった。世界の中で、オレは、負の世界への虚の洞窟なのだった。
「路上小風景(3)
」(03/11/10 作)より抜粋)