日記などで紹介される植物というのは、草にしろ木にしろ、えてして花の咲く草木と決まっているようだ。
確かに、花の咲く植物は、絵柄的に紹介しやすい。
目立つし、華やかでもある。
→ 突抜忍冬 (ツキヌキニンドウ) が庭の二箇所に毎年育つ。一箇所は、以前は我が家の田圃だった、今は他人様の畑。その田…畑を眺めるようにして育っている。
桜にしても、四月前半の開花の時期だけチヤホヤされる。
葉桜になったら、もう、誰も見向きもしない。
散った花びらは、ゴミに過ぎない。
← 蔵の前の細長い花壇に、ドクダミや突抜忍冬 (ツキヌキニンドウ) などと競うように咲く鈴蘭。もう、花の季節はほぼ終わったアセビやナナカマドなどの樹木と似たような小花を今、鈴蘭で眺める。不思議な感じ。
平気で靴で踏みつけていく。車も、桜の花びらの絨毯の上を躊躇なく走り抜けていく。
せいぜい、川面を漂う花の筏を愛でるくらいか。
でも、その行く末を思う人は、まずいないだろう。
→ 名前は不詳のこの植物は、裏庭に育っている。何も世話はしていないのだが、毎年、今頃になると、しっかり緑地に白斑模様の葉っぱを元気に茂らせる。
我が家の庭は、父母が元気だった頃は、それはそれは華やかだった。色とりどりの樹木や植物の花々が咲き乱れていた。
年中、何かしらの花が花壇や庭を賑やかにしていた。
← 上掲の木(?)や紫陽花、バラ、杉、笹などと共に、この植物も裏庭に育っている。正体は不明なのだが。
花壇だけじゃない。
父は盆栽にも力を入れていた。
母も、小生が昔、誕生日に贈った鉢植えの観葉植物を大切に育て、育つと株分けして鉢を増やし、とうとう縁側の前に大きな鉢が幾つも並ぶほどになった。…その鉢も、母が体を壊し、父も元気をなくすと共に、次々と涸れていって、今では見る影もない。
盆栽も、今では我が家に一つも残っていない。
→ 恐らくは我が家で唯一のバラの木。それだけに、咲くのが楽しみ。トゲ一杯の茎が古びた竹垣を押し倒さんばかりに伸びている。日々、その茎を竹垣の中に押し込むのが日課みたいになっている。
いや、つい先日まで、一鉢だけ、茶の間の出窓の下に残っていたのだが、その最後の一鉢も、小生は庭の隅っこに植え替えた。
幸い、元気に育ってくれている。鉢の入れ替えをしていなかったのが、庭に植えられたことで、今後は大きくなっていく、やもしれない。
← バラの茎、そして葉、トゲ…。車道にはみ出して育つので、竹垣の内側に押し込まないと、車、特に通行人に迷惑になる。花の咲くのが楽しみだが、なかなか厄介な面も。
父母の不在と共に、我が家の庭から消えた植物も多い。
キウイ(雌雄とも)、イチゴ、トウモロコシ、ナス(今年は三株だけ植えたが)、ネギ、タマネギ、唐辛子、シソ、チューリップ(今年、咲いたのは、一昨年、小生が花屋さんで買ってきたもので、父母らが育てていたチューリップは死滅してしまった)、アガパンサス、フキ、クレオメ(西洋風蝶草) 、グラジオラス ……。





