こんにちは。

セルリアです😃💕





サン・ジェルマン伯爵手稿

「三重の叡智」

解釈本 第12章②






【この章で著者(サン・ジェルマン)は自身を錬金術の物質と同一視している。錬金術の基本要素は自分自身の可能性であり、最良の面が引き出された状態で内も外も完全に変容すべきものだ。


サン・ジェルマンは自身を錬金術の物質と同一視していない。

内も外も完全に変容すべきものだと書かれているが、完全に変容することは難しく、また変容すべきものでもない。

こうしなければならないという揺るぎない考えが間違いを生んでいる。






【この蒸気は人間が自身の体験から抽出する第五元素、知性の精髄を指す。

知覚できる世界での全経験を変容させて、さらに上へ行った人間は叡智の殿堂へと入る。】


この蒸気は第五元素でもないし、知性の精髄も指していない。

知覚できる世界での経験を変容させていくことは可能だが、全経験を変容させることは難しい。






【すべての動きは周期的で円環を描いている事実を秘儀参入者が理解したことを示す。

近代物理学には自然界に直線は存在しないという説がある。直線を直線として捉えるのではなく、巨大な曲線の一部分と見なすのだ。この考えを動きに応用すると、前進は特殊なかたちの後退ともいえる。】


すべての動きは周期的で円環を描いている事実などない。

またそのことを秘儀参入者が理解したことを示していると書かれているが、理解したかどうかは分からない。


自然界に直線は存在する。


曲線の一部分と見なす考えを動きに応用すると、前進は特殊なかたちの後退ともいえると書かれているが、ちょっとよく分からない……😑

その動きを応用したらなぜ前進は特殊なかたちの後退ともいえる……になるのか分からない。

私の仲間の宇宙存在たちは、その考えは間違っているという。






【その場または状況は唯一なので、もはや三や二といった分裂を表す数量は何もない。現実世界の表面に映っていた見せかけの差異や不均衡は、合一においてのみ解消するからだ。】


その場または状況は唯一である。だからといって三や二といった分裂を表す数量がなくなるわけではない。

見せかけの差異や不均衡は、合一においてのみ解消すると書かれているが、合一においてのみ解消するわけではない。






【魂の「愛・叡智」のおかげで完璧に向かうからだ。

我々には完全を目指す神の偉業に関わる一員として、他者に奉仕するために自分を磨き、ふさわしい人間になることが求められる。】


魂の愛と叡智のおかげで完璧に向かうと書かれているが、完璧という言葉が引っかかる。向かうが完璧には向かわない。


完全を目指す神の偉業と書かれているが、完全を目指すことは間違っている。完全にもならない。


他者に奉仕するために自分を磨くと書かれているが、他者に奉仕するために自分を磨くのではない。






【サン・ジェルマンは宇宙の法則を教えるマスターであり、彼の内に法則は集約され、彼の外に法則は体現されている。】


サン・ジェルマンは宇宙の法則を教える者ではないし、マスターでもない。彼もまた魂の進化へ向かう同志なのだ。


マスターと思いたいのも分かるが、マスターはたくさんいる。

宇宙の法則を学ぶ者ではあるが、宇宙の法則を教える側ではない。


彼の内に法則はまだ集約されてはおらず、彼の外に法則は体現されているわけではない。

彼の内に法則は一部集約され、彼の外に法則は一部体現されているが、⭕️。




これで

全12章を終わります🙇


お付き合いくださった皆々さま✨感謝申し上げます😍








最後に😘🌈



まー、いちいち訂正し、細かな言葉づかいを正したかというと、こういう解釈本が定説かのように代々伝わり続けてきたからです。


それがイルミナティストやフリーメーソンの思考に根付いているのです。





私が訂正した全ては、私の仲間である宇宙存在たちと共同で行いました。


何を訂正しているのか?

なぜわざわざ否定するのか?を少しだけ考えてみてほしいです😊




わざわざ否定したり訂正する意味があり、その否定や訂正が過去の様々な領域にヒビを入れ光を差し込むことになっているからのようです。






ま〜〜〜😅

自分で言うのもなんですが、よく頑張りました〜🤣


自分で自分を褒めておきます🤭🤭🤭💕




では、

これでこのシリーズは終了いたします🙌🌈🌈🌈





セルリア