音楽など流しながら
お読みいただければ幸いです。
一期一会と言う言葉がある
昔、出会い系で日記を書いてた頃
なんかその言葉を多用する人が
好きになれなかった
男性がそれをその場所で書くと
単にエッチがしたいだけで
それを奇麗な言葉で
書いているようで胡散臭いんだけど
イイネが結構つくんだよね
なんだかなーと思った
虚しさを感じたんだよね
要するに出会いは大切みたいな
ことかな
正論なんだけど
なんだか心が納得しないんだ
似たような事はいっぱいあって
例えば1例で、ここで
読者の皆さんと言われると
違和感はあるんだよね
あなたが読みに来てくれたから
俺は読み返したし
読んで欲しいから読みにいったけど
その言われようはないなという感覚
心と言葉には乖離がある
愛しているなんて言葉は
軽はずみに吐くことはない
ここ一番で
どうしても伝えたくなって
あふれ出したときに
感情に任せて出る言葉だから
響くのだと思う
言葉というものをワンストップで考える
奇麗な言葉も強い言葉も
心が先行して陶酔していて
その言葉の選択を間違えると
さらなる軽微なズレが自分との間で起こり
更なる陶酔が始まる気がするんだよね
一期一会
それは本来、戦国時代において
もう次の瞬間命が無い可能性があるから
今あるこの時間を共有していることを
とても大切にしようという
そういう話ではなかったかな?
だから出会いましょうみたいな
言い方に軽はずみに使われると
うーん
って感じがしたんだよな
言葉など心を超える事はない
そして言葉があるから
選ぶ言葉を心とは間違えてるから
ずれていくんだよね
言葉に感情が引っ張られないか?
だが一期一会という考えは好きだ
終わりを意識をするから
大切に思うこともあるんだよね
どこかでそれが
当たり前になっていないか?
それはともすれば感謝だし
礼節をとても重んじる事にも通じる
奇麗な言葉で取り繕うことも
大切なことだと思うし
いつも、歯に衣を着せぬものいいは
しんどいからね
それでも本当の交流というものは
そういう奇麗ごとを外し
白刃に身をさらした
本音の共有だと思うんだ
一期一会
次の瞬間もう俺はいないし
あなたはいないかもしれない
そう思えばこそ大切な言葉を届けたい。
嘘偽りではなく本音でね
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