最近、若い頃の出来事が走馬灯のように黄泉がえります。
夢で。
これまでの人生、かれこれ4回 救急車になりまsita。
そのうち2回は、事故絡み。
1988年12月5日
当時大学3年だったあたくしは、夜を徹して期末ゼミの最終論文の作成に必死だった。
まだ普及してないワープロ(液晶画面に2行しか出ない代物)を駆使して、翌朝に何とか仕上げた。
だが、前日から風邪気味で熱を計ると37.4度。関節の痛みも出てきていた。
『今日は出席はやめよう。朝一で教授の部屋のポストに論文を入れてこよう』
当時住んでいた中野から、中央線で大学のある四ツ谷に向かう。
ラッシュの時間帯とは少しずれていたが、まだかなりの混みような電車内。
やはり気だるい。風邪はこじらせたくない。
大学に入り、早々に教授部屋のポストに投函し速やかに帰路に着く。
四ツ谷駅のキオスクで、愛読していたヤングマガジンを購入。
時間は9時過ぎ。
この時間でもまず座れない中央線は避けて、確実に座れる総武線での帰宅を選択。
ホームへの階段に足を延ばすと、ホームに電車がいて発車のベルが鳴っていた。
一秒でも早く家に着きたい気持ちから、駆け込み乗車で何とか先頭車両に乗り込めた。
中野駅の改札に降りる階段は、ホームのほぼ真ん中にある。
その為、先頭車両から真ん中あたりの車両に移動。6号車だったか?
連結器に近い最後方の3人席に着席し、ヤングマガジンを読み始める。
以降、マンガに没頭。
車内の乗車客はまばらだった。
あと一駅までの東中野駅に停車した後、なかなか発車しない。
少なくとも5分は停車のままだった。
さすがに違和感を感じ、マンガから視線を周囲に向けるが、周囲には何もおかしな空気はない。
車内アナウンスも無かったと思う。
後からわかった事だが、ダイヤ遅延の為、終点の中野駅にまだ始発の電車がいて、
中野駅のホームに入線できないために、一つ手前の東中野駅から動けないからだった。
ひょっとしたら、その故の車内アナウンスがあったかもしれないが、
マンガに没頭していたバカにはその記憶は残っていない。
そして、再びマンガに目を落とした その瞬間
突然、意識が飛んだのである。
続く。










