まめぞと申します。

この度なかなか壮絶な体験をしたのでそれらを書き綴っていこうと思います。

(今思うと的な気持ちです 笑 )


2024年12月18日

緊急入院



事の始まりは、2024年も残すところわずかの10月の終わりからだった


もともと、粉瘤が出来やすく慢性化しつつあり血液に疾患があるのかな?という薄らな自覚はあったかと思う。

デスクワークで同じ姿勢が多かったので、お尻や股関節と圧迫されやすい部分に炎症を起こしやすかった。


ただ、この時は今まで1度も出来たことのなかった下っ腹に炎症を起こしたのである。

(丁度、ショーツのウエストゴムのあたり)


病院に行くことは本当にない為、絶対にやってはいけないのだが自分で排膿という行為をして【タコの吸い出し】先生で溜まった膿を出して誤魔化していた。

完全に腫れが引くまでひと月程を要したが、この下っ腹の出来物は小さくなり、ホッとしたのもつかの間だった。


そのひと月程後に、今度は慢性化していた右大腿部が腫れ出したのである。

「なんか痛いな」を自覚してほんの小さなニキビ程度の膨らみを確認してから2日でどんどん炎症は拡大

3日も経てばかなり大きな規模の腫れへと発展した。

直径は15cm程であろうか

ここまで膨れると、毎回決まって発熱する。

慢性化している事もあり、パターンを知っていた私は、排膿が出来るよう張り詰めるまで待ってしまっていた。

(ある程度膿が上がらないと突いた時に上手く貫通しない為)

※皆さんは少しでも痛みを感じたり違和感を感じたら形成か皮膚科に行ってくださいね‬т т

きちんと病院で処置を受けるべきです。


過去に2度ほどお尻の出来物を外科で処置した時の、涎、涙、脂汗、声が出ない程の膿の絞り出し経験がトラウマというのもあり

外科の処置が痛い、患部を見せるのが嫌だ等々の

理由で自分で処置をしていたわけである。


ある程度、排膿さえすれば後は【タコの吸い出し】さんが仕事をしてくれる。

ロキソニンS様

ロキソニンプレミアム様達が解熱をしてくれる

例のごとく大腿部患部の痛みは引いてくれていたのだが、今回はいつもと違った。


普段は、腫れがあってもご飯は食べれたし

買い物等の日常の動くこと等は出来ていた。

しかし、この時は排膿する前から起き上がる事が中々出来ず、ずっと熱も高く続き、買い物にさえもいけず、そして何より【何も食べれなくなった】

のである。


固形物が食べれない

飲み物しか喉を通らない

排膿してから腫れ物の圧迫と痛みは良くなったものの、回復が全くせず少し動いただけで息をするのも苦しかった。


そして

12月12日の22:00頃 

ついに、私は救急車を呼んだ

座っても寝ても息苦しい。

夜間外来ではお腹に少し水が溜まっているとの事


粉瘤の箇所を見せ、その時点で処置が出来ない(勤務医が内科だった)ので

とりあえず翌週に外来でとの事でその日は抗生物質と解熱剤を貰って帰宅。

帰宅してから外来までの間、さらに状態が悪化していた。

固形物は一切受け付けず、更には飲料までも吐き出してしまって、常に息苦しさが継続していた。


やっと外来の日になり、受診をしたが

血糖が非常に高く、採血の結果も悪いとのこと

で血液内科の腕のいい医師がいる大学病院を紹介された。

この時点で、熱も高く座ってられなかった為ベッドに横になりながらそのような事を言われたのを覚えている。


たが、すぐにはその大学病院で診察を受けられるわけではなかったので2日ほど空けて朝イチで受診をした。


この外来に行く前に、右足に目視できる変化が起きた

浮腫である。

目で見てわかる程の浮腫、こんなこと今までなかったので驚いた。

やはり大学病院、朝イチであっても全日掛かっていた。

採血→血内→糖尿科の受診を終える頃には

もう足の浮腫は限界で車椅子を借りて移動した。


採血があったので解熱剤を飲んでいいのか分からなかったから飲まずにいたら、やはり体調が悪くなりベッドに運ばれる。


その時、このまま入院という事になり12月18日

緊急入院となった。


この時のCRPは29.4 血糖値450 アルブミン1


ここから2ヶ月半程、入院生活を送ることになるのであった。