米村こなん
私はダメ人間である。たいした閲歴もなければ、定職からもあぶれた非正規雇用である。おまけにメンヘラで、コミュニケーション不全であるから、この世の中が生きづらくて仕方ない。
しかし、こうして生きづらさを表明することだけで、努力しないのは単なる怠惰であり、単なるダメ人間の自己慰撫に他ならない。むろん私が何をいったところで、自慰に等しい自己主張なのだけれども、優勝劣敗の勝ち組全盛の現代に、そんなツマラナい価値観だけではないことを表明しておくのも一定の意義があると考え、下記に縷々綴る訳である。
①《私は革命が起きて欲しいと思っているが、あくまで夢想しているにすぎない。》
革命とは革命家が無辜の民を粛清する歴史の荒療治、流血の世直しの側面を持つ。
その暴挙はたとえば近代理性の宿痾というべきロベスピエールの暗黒政治やスターリン、毛沢東、ポル・ポトの施策にみられる人民(知識人)大粛清を例示するまでもなく、革命の大義の名のもとに殺戮が繰り返えされた事例からも明らかだ。
そうした歴史を鑑みるにつけ、現実の革命運動など関わりたくもない。所詮、人間は劇的に変革できない保守的動物だし、時代制約などの歴史的条件や社会的条件を勘案すれば、例えばこの国で革命運動が可能な諸条件が揃うかといえば、残念ながら、あり得ないと考える。
であるならば、私は歴史的運動であるマクロな革命を放棄するほかない。せいぜい自らの脳内で革命を夢想するのが関の山なのだ。
②《優しき保守政治家の生き様を読んでみて》
ただ世に謂う保守・革新の規定に関わらず、あらゆる障害を排除して制度改良に生きたという意味で、革命的な人生を生きた人には強い関心がある。今回取り上げる大平正芳もその一人である。
彼の生涯を描いた長編小説に辻井喬の『茜色の空』がある。該作は大平の生誕からその死までを淡々とした筆致で描きあげた大作で、香川県生まれの秀才が大蔵官僚となって、戦前戦後の税務や財務に生き、保守政治家に転じて後は熾烈な権力闘争に勝利し、総理に登り詰めた生涯を余すとこなく描き抜いている。
私が大平に強く惹かれるのは、その地味な風貌に隠された鋭い炯眼と行政実務能力の高さである。現代政治に跋扈する小物政治屋たちとは異なり、志高く、清濁合わせ呑む器量の大きさと、明晰な合理的思考が、大平やその同時代人にはあった。こうした資質は保守政治家という軛を離れ、非常に魅力的な人物像を私たちの脳裏に結ぶのである。
考えてもみれば、私たちは政治家という職種を単なる立法議員か、下手をすれば政治家としてのコネで懐を肥やす連中ぐらいにしかみていないのではないだろうか。
しかし、大平は違う。厳しい現実に諦めず、常に冷徹に数十年先の大局を見据える。良質の保守政治家の土性骨こそ、現実を明晰に分析し、そこから現実的に無理のない漸進的制度改良を未来に向けて行うことにある、と私たちは知る。
保守とはその国家の置かれた歴史的・社会的制約条件を緩やかに乗り越えようとする政治党派だといってもいい。
まさに大平は良質の保守の教科書的見本といっても過言ではない。
③《優しき保守のためのソナタ》
大平を良質の保守政治家の模範解答と規定するなら、現今の安倍ちゃんはいくつかマシな政策もあるにせよ、厳しく採点すれば、保守としては落第生である。
なぜなら、安倍ちゃんは雄々しさという幻想にあまりに捕らわれ過ぎていて、人民が本質的に女々しくも豊かな生き様をすることに決定的に想像力が至らないからだ。所詮、坊ちゃん保守なのである。
苦学して高松高商(香川大経済学部)から東京商大(一橋大)へと進学した大平がエリート官僚として傍流のキャリアであったにも関わらず、政界で権力の中枢に登りつめられたのも、優しき保守として他者への共感的理解に溢れていたからだろう。 私は茜色の空が引喩する大平の故郷観音寺の空を美しいと感じる。大平の心の中には常に貧しい故郷を豊かにしたいという願いがあった。だから、彼はその政治哲学を完徹するため、政治家であるまえに一人の社会学者であり、世界を分節化するために社会学者である前に独りの言語学者であった、と私はおもう。
優しき保守のソナタに涙する私は、やはり革命に反動する人間たちを粛清できないなと諦めてしまう。
いまなら野田前総理あたりに良質の保守の土性骨をみてしまう。私は派手で中身のない奴は大嫌いだ。粛々と行政実務を積み重ね、わかる奴にはわかる玄人筋の政治家を好む。そんな良質の保守こそ好敵手と思える政治家の登場も期待して、今こそ心ある政治家は大平正芳に学ぶべきではあるまいか。
と生きづらさを抱える私はぼんやりと暗闇の雨をみながら、そうおもうのであった。
