友人とのランチ。
一カ月ぶりに会った彼女の口から出たのは、
運命の出逢いの話だった。
バツイチになって数年。
若くしてお婆ちゃんになった彼女。
昨年、娘夫婦と新居を建て、
可愛い孫と幸せな毎日を送っている。
新居にお邪魔した帰り道。
小さなお孫さんと遊んだ疲労感だけでなく、
私の心には何とも言えない気持ちがあった。
最近、別の友人からも
娘さんの結婚話を聞いたばかり。
私が望んでいた事を、
周りがどんどん叶えていく。
自分だけが取り残されていく様な気がした。
そのまま実家へ向かった。
父はちょうどお風呂に入っていて、
私が来たことには気付いていない。
母の仏壇に手を合わせていると、
風呂場から大きな声が聞こえてきた。
ばあちゃーん!
ばあちゃーん!
何度も何度も叫ぶ様に
母を呼んでいる。
一瞬、ボケたのかと思ったが、
すぐに違うと分かった。
母が居なくて寂しいのだ。
母がいない事が悲しいのだ。
厳格な父の弱い部分を見てしまった様で、
いたたまれない気持ちになった。
程なく父はリビングにやって来た。
何食わぬ顔をして、用件を話し出した。
実家の改修工事の事だった。
ここまでしたら、
ワシの役目は終わるから。
そんな事言わないの!
笑い飛ばして帰ったものの、
涙が止まらなかった。
父を支えよう。
父を喜ばせよう。
私がどんなにそう思っても、
父の心は満たされないのだ。
長生きして欲しいと思っても、
母の居ない人生は父にとって
魅力のない時間なのだ。
父の人生は、
父が決めること。
父が選ぶこと。
そこに私の想いは必要ないのだ。
私は大きな勘違いをしていた様で
ショックだった。
父の役に立つことで
娘として、一人の人間として、
自分の存在価値を
確かめていたのかもしれない。
支えようとしているつもりが、
寄りかかっていたのは
私の方だったのかもしれない。
私の願望には常に父の存在があり、
私はそれで満足すると思っていた。
いつしか願望は私のモノではなく、
父のモノにすり替わっていたのかもしれない。
友人達の話と父の母への想い。
あなたは、
自分の人生のことだけを考えなさい。
そう示された様な気がした。
だけど、何故だろう。
マイホームも孫もパートナーも。
さほど望んでいなかった彼女の元に
何故、次々と幸せが訪れるのだろう。
何かを信じて実践している訳でもなく、
大きな夢をもって自分で何かを
成し遂げようとしている訳でもない。
与えられた仕事を真面目にこなし、
自分のお給料の範囲で
出来ることを楽しんでいるだけ。
反対に私は、
何かしなければ!出来ることは何か?
と常に考えている。
状況を良くしたい!と思えば思うほど、
踏み出せない自分に嫌気がさしたり、
焦りを感じる事がある。
必死じゃない彼女と
必死で空回りの私。
私は彼女から何を学べばいいんだろう。
