旅の続き。
たまたま友人が写してくれた写真を、何人かが「モナリザのよう」と言ってくれたことから昨年行ったパリのルーブルや、修道院行きを決めたことからノートルダムのマリア様の像を思い出したりしていた。
たまたま友人が写してくれた写真を、何人かが「モナリザのよう」と言ってくれたことから昨年行ったパリのルーブルや、修道院行きを決めたことからノートルダムのマリア様の像を思い出したりしていた。
そんなことはこじつけかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
修道院の山から下りて、クララと別れて一人になり、ようやくスマホをオンにして一番最初に目に飛び込んだのがパリで起こったこと。
世界の平和を祈り続ける時間を過ごした矢先・・・
ずっと頭の中にシスター達の祈りの詩がひびいていて。
そのまま、熊ノ川温泉で、同湯した優しいおばあちゃん達の指南の元に、九州随一といわれる毒出しの湯を飲みながら浸かりきり。
佐賀駅近くでなんとも魅力的な夫婦の料理やで佐賀の地酒を堪能して。
いま思えば、なんだか身を清める行為。
(お酒の解釈はともかく・・・)
そして嬉野温泉につき、今回の後半一人旅を裏サポートしてくれた友人のすすめにしたがって「嬉野温泉癒しフェスタ」へ。
もちろん、はじめての地、はじめての人々。
晴れやかに気持ちのいい庭園で座っていたら、最初に話しかけてくれた人から、あれよあれよと輪がひろがっていき。
そこで、もちろん初対面で。
言葉もあいさつ程にしか交わしていない、清らかな人が突然。
「あの・・・踊ってる方ですよね・・・踊りと言うか舞?奉納?もし良ければここで踊っていただけませんか?」
言葉を超えた世界で、魂でダイレクトにつながるということのおもしろさと奇跡。
もちろんわたしは、いつでもどこでも。
もちろんわたしは、いつでもどこでも。
踊ってほしい、という、最高にうれしいことばをもらってなら、なおさらに。
結局、3度、時間を置いて舞わせていただき。
最後には、たまたま「寒そうだから」と肩にかけていただいた青いベールが、あまりに気持ちに沿う色で、それとともに舞い。
修道院のおかげで、「祈り」が身体に染みていて、そのように舞うことができて。
その瞬間、ずいぶんと空っぽだったから、パリのことも、世界のことも、頭にはなかったけど。
もっと高いところ、もっと深いところに、きっとあって、つながって。
この日、偶然に全身真っ黒の服でいたこともまた、必然の結果となった。
なんとまぁ、神の采配はすばらしいことかと。
たくさんの方に話しかけてもらい、ご縁もいただき。
嬉野のトロトロの湯に浸かって、次の日。
街の真ん中に流れる川沿いを歩いていたら、胸の真ん中があたたかさに満ちて満ちていっぱいになり、身体が光る。
祈りの時間と祝祭、そして禊、からの、出会いと舞。
パーフェクトなこの流れに、感謝でいっぱいに。
一人旅になってからも、一人の時間はほとんどなく。
今回の旅を終えた。
ふとしたおり、シスター達の歌声がともにある。
ひとりじゃない、と歌ってくれている。
なんと大きなものを与えられ受け取ったのか。
そんな旅でした。
