もうずいぶん昔の忘れられない思い出だ。

 

 友達が大きな病を患った。もう治る事のない病だった。彼は日に日に体力が落ちてやつれていって、医者からも残り少ない時間を告げられていた。

 

 ベッドの上の彼はいつも辛そうで、それを見ている僕らも辛かった。それでも彼は、病院に面会に行くと無理して起き上がり、冗談を言って僕を笑わせようとした。

 

 冬が過ぎ春になった頃、もう殆どなにも食べられないほど弱ってしまった彼が

「桜が見たい」

と言った。 お医者さんに話したら、とても危険ですよと言われたけれど、止めることはしなかった。

 

 友達仲間に沢山呼び掛けて、桜並木の下にシートを広げて大勢が集まった。僕らは彼の車いすを囲んで輪を作り、お酒を飲んだり料理を食べたり、みんなで明るく振舞っていた。

 彼はもう料理を食べられなかったので、コップの水を少し飲ませてあげたあとは、

頭の上の満開の桜の花をじっと眺めていた。

 

 僕はそんな彼の様子を見ていてとても辛かった。彼が見る最後の桜になるだろうし、彼もまたそのことを知っている。僕は我慢できずに泣いてしまった。

 

 そんな僕を見て不思議そうに彼は言った。

 

「ねえ、何がそんなに悲しいの。見てごらんよ、こんなに美しい桜を見たことがない。僕の一生で一番きれいな桜だよ」

 

 彼は本当にまぶしい表情をして桜を眺め、かみしめているように見えた。それから数日で彼は天国へ旅立った。

 

 彼からは大事なことを教えてもらった。今、目の前にある時間をもっと大切にしなきゃと思った。見送る側の僕たちに、こんなにも気丈に最期までふるまって見せて、沢山の優しさを置いて行ってくれた。

 いつか僕が病になり、人生の終わりを見つめた時に、彼を思い出して手本とするだろう。でもそれが出来るだろうか。僕には自信がない。