僕が小学生の頃、児童養護施設の二つ先輩に仲の良いA君がいた。いつも明るく元気だったのに、ある時を境になぜか急によそよそしくなった。

 しんみりしていて話しかけてもそっけない。

 

「なにかあったの?」と訊ねても、「べつに」と目をそらして構ってくれない。

 

 春になると毎年「お祝い会」が開かれる。その準備をしているときに保母さんから、A君が施設を出て行くことを初めて聞いた。

 

 子供が施設から引き取られるのは年度末が多い。卒業や入学に合わせて引越しや転入をするためだ。

 

 お祝いの会は卒業や入学のお祝いをする。小学生、中学生になる子。高校へと進む子や、就職が決まって自立して出て行く子もいる。

 

 子どもたちは順番に壇上に上がり、みんなから「おめでとう!」と拍手される。そして最後に、この春施設を出て行くA君が壇上に上がった。今年は就職の子がいないから、出て行くのは親元に帰るA君一人だった。

 

「おめでとう!」

 

 会場は笑顔と拍手にあふれているのに、A君は笑わなかった。それどころか真っ赤な顔をして歯を食いしばり、怒っているような顔をしていた。

 

僕は訳が分からなかった。

 

 僕が中学一年の終わり頃、父親に引き取られる事が決まった。その日が近づくにつれて説明できない複雑な心境になってゆく。父親とうまくやって行けるか判らないし、そもそも普通の家庭に暮らす経験値が無かったから、今から自分が向かう世界が、良いものなのか悪いものなのかも判らない。

 

 嬉しい気持ちはもちろんある。でも素直に喜びを表現することは出来なかった。

 

 施設の中には両親がいない子もいる。そんな子は引き取り手がないから大人になるまで施設を出て行けない。彼らの前で喜んで見せることは出来ないし、彼らを置いて出て行くような強い罪悪感があった。

 

 みんなに「良かったね」「元気でね」と言われた時、僕はろくに返事もせずに、「べつに」とそっけなく答えた。

 

 その年の「お祝いの会」の日。壇上で僕が仏頂面していると、先生が笑いなさいと言った。仕方なく口元だけで少し笑おうとした。眼はたぶん笑えてなかったと思う。

 

 かつて見送ったA君の、あの表情がわかったように思った。