『イエスタデイ』では、友人の木樽に「自分の彼女と付き合ってみないか」

ということを提案された主人公の物語だ。

この作品の中でイカれているのは、やはり木樽ではないだろうか。

 

好きだからこそ、大切だからこそ、彼女を汚したくない。

という純粋な気持ちは理解できるが、

「どうせ他の男と付き合うなら友達であるお前と付き合って欲しい」

とう気持ちは、理解できるようなできないような。

いや、やはり私には理解しがたい。

 

結局、そのガールフレンドと木樽は結ばれていないが、

結ばれていないからこそ、どこか美しく思えた。

 

 

 

『独立器官』は、私が一番衝撃的だった物語である。

何しろ、結婚願望のない男性医師が、初めて本気で一人の女性に恋をし、

そして見事に裏切られ、引きこもり何も食べなくなり、

そのまま死んでしまうのだから。

本物の”恋の病”である。

 

一人の女性に縛られることなく同時に複数の女性と楽しんでいた彼は、

自宅で料理をしたりジムに通って身体を鍛えたり、

それなりにモテるし、満足な生活を送っていた。

しかし、突然本気で人を好きになり、”恋の病”にかかり

その女性に見事に裏切られ、死んでしまうのである。

自殺ではないが、彼は自ら”ゼロ”になろうとしたのだ。

 

自分とは一体何なのだろう、そんな疑問から

彼は何も食べない、何もしないことで”ゼロ”になってしまったのだ。

 

誰しもが、恋をして少し鬱のような状態になってしまう経験をしたことは

あるだろう。

決して情熱的でない私ですら、かつてあるくらいだ。

 

しかし、本当に死んでしまう人がいるだなんて。

けれど彼にとって、そのように”ゼロ”になることが

自らが望んだ結果ならば、それはそれで

美しい恋愛なのではないかと思う。

 

と言っても、私にはやはり理解できないが。

いくら裏切られたと言っても、死ぬなんて絶対御免だ。

やはり、イカれている。

 

しかしそんな弱さも、なんというか正直であり

”人間らしい”の極限であるように思う。

 

 

 

『シェラザード』は、主人公のセフレ的な存在である人妻の、

高校生の頃の話が登場する。

なんと、片思いしていた男の子の家に留守中に勝手に入り、

バレないように鉛筆を盗み、

代わりに自分のタンポンをバレないところに置いていく、という

非常にクレイジーなところから始まるのである。

それが癖になり何度か学校を休んでは空き巣に入るようになる。

やがて、彼のシャツを持って帰った日を境に、

頑丈な鍵に変えられ、もう空き巣に入ることはできなくなった。

 

そして、その4年後、彼女は彼と再会し、彼の母親も大々的に登場する。

と、そう言い残して彼女は話の続きを次の機会に回したのだが、

結局その続きが話される前に物語は完結した。

 

これは、純粋に私もこの話の続きが気になって仕方がなくなった。

しかしこんな曖昧で惜しまれる終わり方だからこそ、

作品がより一層魅力的に感じられるのであろう。

 

 

 

(③へ続く)