飛鳥寺と石舞台古墳と聖方位

「栗本慎一郎の全世界史」によると「蘇我氏が扶桑国を支配する(王として迎えられた)ことは、鹿島神宮が扶桑国の聖なる拠点として作られたあたりで明確になる。だから鹿島神宮はさして古いものではない。古くはないが、最初から重要な神宮だ。理由は明らかで、鹿島神宮はペルセポリスと同じく、聖方位で建てられているからである」
鵤寺にも聖方位がみられる。
また、蘇我氏の飛鳥寺と石舞台古墳の位置関係また聖方位にもとづいていることは間違いないように思える。

現法隆寺とは異なる鵤寺の存在
・1998年に行われた奈良県立橿原(かしはら)考古学研究所の発掘調査によると
「その西限にある律学院の築地塀は、鵤寺伽藍の東側の柵列と同じように磁北より20度西に偏って南北に走っていたそうで、鵤寺と鵤宮が並び立っていた時代を彷彿させると同時に、あらためて現法隆寺とは異なる鵤寺の存在をあきらかに示しています。」
- 法隆寺を歩く P168
飛鳥寺からみると冬至の深夜にシリウスが石舞台古墳の上から昇ってくるようにみえる(?)

鹿島神宮

儀式用の都市であったのではないかという説もあるペルセポリス

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