カムナビ | 旅行、美術館、書評

カムナビ

カムナビ〈上〉 By 梅原 克文



旅行、美術館、書評-遮光器土偶



旅行、美術館、書評-神武東征





ブルーの遮光土器により力を得た蛇巫女は神の光(カムナビ)の力をえる。









神武東征の際のこの事件は


浪速国の白肩津(現 東大阪市附近。当時はこの辺りまで入江があった)に停泊すると、ナガスネヒコが軍勢を起こして待ち構えていた。


ナガスネヒコと戦っている時に、イツセはナガスネヒコが放った矢に当たってしまった。


イツセは、「我々は日の神の御子だから、日に向かって(東を向いて)戦うのは良くない。廻り込んで日を背にして(西を向いて)戦おう」と言った。


それで南の方へ回り込んだが、イツセは紀国の男之水門に着いた所で亡くなってしまった。


「ナガスネヒコとの戦いでは、戦いの最中、金色の鵄(とび)が飛んできてカムヤマトイワレビコの弓の先にとまった。金鵄は光り輝き、ナガスネヒコの軍は眩惑されて戦うことができなくなった。」


2度目の戦いではナガスネヒコがカムナビを制御しきれずに自爆、という話の展開は苦しいかもしれないけれども、

そういえばこの”光”は本当にどんな現象だったのだろうかと。


黒又山(クロマンタ)にはハンコックも調査にきたらしい。


あの”光”はソロモンの秘宝、失われた聖櫃から放たれたという”光”と同じものだったのだろうか?



卑弥呼の孫トヨはアマテラスだった―禁断の秘史ついに開く

立ち読み

秘匿されてきた系図

 海部氏の系図は、本来『古事記』『日本書紀』の記録に抵触するような系図なのである。

こうした意味合い故であろう。この系図は、長い年月ひたすら海部氏宮司家に秘蔵され、昭和五十年になって初めて公開されたのである。

その時、この京都府北部、天の橋立を参道とする籠神社の上空には新聞社のヘリコプター三機が舞い、厳かに系図二巻が公開されたのであった。

「カムナビ」の作品中で語られているように、邪馬台国のヒミコ(アマテラス)とトヨ(豊受大神 )の祟りを恐れ、祀った伊勢神宮であれば天皇家が明治天皇まで参拝したことがなかったのは当然ということになる。


(左の本ではトヨ=アマテラスだけれども、アマテラス、トヨで検索してヒットしたおもしろそうな本)


それから心の御柱 が人体のツボに刺した鍼のようなもので、これを抜くと磐座の下の通路が開くいうのもなかなかだと思った。