二重王権(ダブル・キングシップ) | 旅行、美術館、書評

二重王権(ダブル・キングシップ)


「ハザール謎の帝国」の 二重王権(ダブル・キングシップ)の指摘の部分が
気になっている。

いずれにしろ、シュメールの流れが日本まできているようだし、
大嘗祭  や三種の神器はますます奥深いものが感じられる。



「大嘗祭」:中(権威の構造 天皇制のいま:2) / 日本財団図書館
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/01291/contents/023.htm
この秘儀の持つ意味について衝撃的な解釈をほどこしたのは、折口信夫だった。折口は、天皇が神事のためにこもる殿舎に、衾(ふすま)をかけた寝座が神座と して設営されていることに着目し、これを天孫降臨神話でニニギノミコトがくるまって天降りした真床襲衾(まどこおふすま)に当たるとした。新しい天皇はこ の寝座に引きこもって物忌みをし、天皇霊を身につけて天子としての資格を得る、と解したのである


さて、
産経新聞の「聖地巡礼」 では北海道開発のためにユダヤ資本を
導入しようとしたことが「日ユ同祖論 」のきっかけと。

「日ユ同祖論」のきっかけとなったのは、法政大学教授の佐伯好郎が明治41年に発表した論文「太秦(うずまさ)を論ず」だ。ここで佐伯は、古代の有力な渡来系氏族であった秦氏はユダヤ人であると主張したのである。ところが後年、佐伯は歴史学者の服部之総(しそう)に興味深い裏話を明かしている。服部の随筆集『原敬百歳』にこうある。

 「明治三十八年、三十五歳、法政大学教授時代の先生が、北海道開発を思立ったときのことである。在来の、日本的に矮小(わいしょう)な開発計画では駄目だ。ユダヤ人の大資本を導入してやろう。それにはユダヤ人の注意を日本に向けさせる必要がある」

 こうした山師のような意図をもって書かれたのが「太秦を論ず」であった。ところが後年、景教(キリスト教ネストリウス派)碑文研究の世界的権威となった佐伯の説であったため、多くの追随者を生んだ。そのひとり山根菊子は、昭和13年に発表した『光りは東方より-キリスト日本来住の史実』の中で「キリストは青森県に、モーゼは石川県に、ヨセフは神奈川県に、釈迦は長野県に、各々その肉体を埋め、この驚くべき事実の世上への発表をまっている」と書き、新郷村の「キリストの墓」伝説を補強したのである。

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080718/acd0807180813004-n1.htm


五〇〇〇年前の日常 シュメル人たちの物語 (新潮選書)/小林 登志子
では俗説が横行したので「シュメル」を「シュメール」にしたと。

第二次世界大戦中に 「高天原(たかまがはら)はバビロニアにあった」 とか、天皇のことを 「すめらみこと」 というが、それは 「シュメルのみこと」 であるといった俗説が横行した。そこで、我が国におけるシュメル学の先達であった中原与茂九郎(よもくろう)先生(京都大学名誉教授)が混同されないように音引きを入れて、「シュメール」 と表記された。
http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm



日本人の先祖はシュメール人か
http://www.nagaitosiya.com/a/sumer.html
シュメール語は、日本語と同様に、しかし周辺のセム系言語とは異なり、「てにをは」に相当する語を持つ膠着語であり、動詞が文末に来る。
日本語とシュメール語は、統語論的に似ているだけでなく、意味論的にも共通するところがある。
日本人シュメール起源説が、江上波夫の騎馬民族征服王朝説に似ていると思う。4世紀の日本が、ツングース系騎馬民族の文化的影響を受けたことは確かだが、 だからといって、ツングース系騎馬民族が日本人を征服して王朝を建てたと結論を下すことは、論理の飛躍である。同様に、日本文化が、シュメール文化の影響 を受けたことは確かだが、だからといって、シュメール人が弥生人として日本に移住したとまでは言えない。


日本語の中のヘブライ語とエジプト語
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/kain1.htm
日本語の中にこそ原ヘブライ語が残っているのであり、原ヘブライ語の材料となった古代エジプト語も大量に含まれているのである。ヒエログリフと日本語を直接に比較すると、日本語のルーツはエジプト語と言って良いほどになる。



Wikipedia 日ユ同祖論  によると

エンゲルベルト・ケンペル  の項目には重王権(ダブル・キングシップ)の指摘がみられる。

ケンプファーは著書の中で、日本には、聖職的皇帝(=天皇 )と世俗的皇帝(=将軍 )の「二人の支配者」がいると紹介した。その『日本誌』の中に付録として収録された「鎖国論」は、日本の鎖国 政策を肯定したもので、当時のヨーロッパのみならず、日本にも影響を与えた。また、「鎖国」という言葉は、この「鎖国論」を志筑忠雄 が訳した際に出来た言葉である。




そして 二十世紀のファウスト  鬼塚オニツカ英昭氏著 では

1500万人しかいない満州の土地の一部に「ユダヤ王国」建設の
プランが存在した。
そして消えていったのである。


ユダヤ人と日本人が同一民族であるとする説がある。
この説が流されていく過程に、この「ユダヤ王国」建設のプランがあった。

この日ユ同一民族論を広布させたのがユダヤ人であることを知る必要がある。




参考

訳者まえがき 
 ・・・
ハザールが東南アジアの島国に住む我々日本人にとりなざ面白いかは、
日本建国に関して騎馬民族説が声高に唱えられるということではない。
ハザールでは二重王権(ダブル・キングシップ)が実践されていたということが
一つの理由になるのではないだろうか。

日本論を解くキーワードの一つとして天皇制があるが、それは二重王権として
存続してきた。二重王権はすれに邪馬台国の昔からある。
女王卑弥呼は「鬼道に仕え」神がかりとなって神託を伝えるシャーマンであり、
聖的権威を担う。政治の実務を担当するのは弟であり、俗的権力を握っていた。


訳者(城田俊 独協大学名誉教授) 解説より
7 可汗の即位式と大嘗祭
ハザールでは、即に当り、可汗は首を絞められ、気を失う寸前で在位期間に
関する問答がなされるが、突厥帝国でも全く同じ習俗があることを先に指摘した。

日本において、この儀式の「託宣・うらない」の側面は「祝詞」と「神勅」の問答に
「俗」の死と「聖」としての復活のドラマは大嘗祭で、皇位継続者が衾(ふすま)を
かぶって臥し、一時間ほど絶対安静の姿をとって、新天皇に生まれ変わる
儀式に対応するという指摘だけは再録しておきたい。
これらに気付くと、ハザールは、大昔の遥か西方の無縁の国であることを止め、
騎馬民族渡来説がとりざたされ、天皇制を今に残す我々日本に時空を越えて
近づいてくるからである。
ハザールと日本の対応(パラレル)は、しかし、このような古代習俗に限られない。



二十世紀のファウスト  鬼塚オニツカ英昭氏著 
http://mayonokuni.web.fc2.com/fausttop.html より

ハリマンの夢はロスチャイルドの夢に他ならない。

1500万人しかいない満州の土地の一部に「ユダヤ王国」建設の
プランが存在した。そして消えていったのである。

ユダヤ人と日本人が同一民族であるとする説がある。
この説が流されていく過程に、この「ユダヤ王国」建設のプランがあった。

この日ユ同一民族論を広布させたのがユダヤ人であることを
知る必要がある。


伊藤は1909年(明治四十二年)にハルピン駅頭で安重根と名の
る韓国人に狙撃され落命する。

彼は後日「安義士」となり、韓国の英雄となった。
しかし、安にはユダヤ勢力の影がちらつく。

安に最後まで付き添ったのはフランス人神父のヴィレヘムであった。
一説に、アメリカの奉天総領事のストレートが暗殺を指示した、との説
がある。

どうして伊藤は殺されたのか?

彼はロシア帝国大蔵大臣のココフツェーフとハルピンで会談し、
日露同盟を結ぶことを考えていた。

アメリカとユダヤ資本家は、この同盟を抹殺しようとしたのである。

ユダヤ資本を受け入れ、満鉄を共同経営しようとすべきだったとする
自由史観を説く連中は、歴史の深みを理解していないと思われる。

なにはともあれ、明治天皇は日露戦争の後に大帝と仰がれるよう
になり、いな、神となった。

民族学者の柳田国男は一九二七年(昭和二年)に「明治・大正世相篇」を
世に出し、変わってしまった日本を嘆いた。

・・・

ロスチャイルドを中心とするユダヤ国家資本は、帝政ロシアを倒すべく
謀略の数々を繰返していた。

その一つが日本をしてロシアと戦争させることであった。

共産主義思想をロシアで実現したのもユダヤ国際資本家が
レーニン、スターリン、モロトフ、トロツキーらに資金を提供したからである。
共産主義を生んだカール・マルクスも、レーニン以下の政治家もユダヤ人か、
ユダヤの血をひく人間たちである。

一九一七年のソヴィエト革命の後に、白ロシア人とともに多数の
ユダヤ人が満州に進入してきた。彼らは密かに満州の一部にユダヤ
王国を建設しようと謀んでいた。

・・・
http://mayonokuni.web.fc2.com/faust0101.pdf


では、どうしてユダヤ人により財閥を形成しえたハリマン一族が
ヒトラーの優生学に援助の金を支給し続けたのかという疑問が残る。

その解答は謎である。

しかし、この優生思想が第二次世界大戦の原因になったことを考えるならば答は自明となる。

ユダヤ王ロスチャイルドと彼らの仲間たちは、大きな犠牲を払って、大いなる利をあげようとしたのである。
「ユダヤ王国」を建設するために、あえて優生学の発展を促したと考えるならば、明確な答えとなろう。

事実、世界はそのように動いていったのである。ホロコーストはユダヤ人の演出であることを知るべきである。

二十世紀の著名な劇作家のバーナード・ショーは、
「人種的優秀性を教義とするナチは、ユダヤ人の選民思想の教議を模倣しているにすぎない。」
との名言を吐いている。

http://mayonokuni.web.fc2.com/faust0102.pdf