マクロスFのゼントラーディ人をみて
マクロスFが人気 登場ヒロインのブログも登場
TBS・MBS系で放送されている『マクロスF(フロンティア)』が人気を読んでいる。『超時空要塞マクロス』の25周年を記念して製作された本作は、..........≪続きを読む≫
特にこのマクロス のできはいいと思う。
歌 により かつての文化の記憶を蘇らせるゼントラーディ人
さて、特に前回の放送 のゼントラーディ人 をみていて、
以下の話を思い出した。
ナチスの暴走はゲルマン民族の
「ローマ人に蛮族と蔑まれ、差別された恨み」もある。
もともと多神教であったゲルマン民族は、
キリスト教を心の隅々まで全人格的に受け容れたわけではなく、
ヴォータンを初め、ゲルマン神話の神々は
ゲルマン民族の無意識のなかに生き続けた。
ワグナーの『ニーベルングの指環』
などはその表現と見ることができよう。
嘘だらけのヨーロッパ製世界史/岸田 秀
ローマ時代を描いた蛮族との戦闘シーンのゲルマンの蛮族の様は確かにいつもひどい。
もし、キリスト教hがヨーロッパ文明の基盤であり、骨格であり、原理であるとすると、
ヨーロッパ人の中枢であるゲルマン民族は、おのれを失って、ユダヤ人が創始した
ユダヤ教の変形であるキリスト教の支配に屈した奴隷であることになる。
それにしても、すごい表現。
ルターがローマ・カトリック教会を槍玉にあげたのは、免罪符問題などは口実であって、
教会がローマ帝国の権力支配を宗教的な形で引き継いだ相続人だったからであろう。
そういう点もあったのかも。
ゲルマン民族は一致団結して
反ローマにまとまっていたわけではなく、ローマに迎合し、ローマに取り込まれ、
ローマ化した人々と、ローマになじまなかった人々、ローマに反抗し続けた人々とにわかれる。
おおまかに言うと、現在、ラテン語系の言語(イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語
ルーマニア語)を使っている人々が前者の末裔で、
ゲルマン語系の言語(ドイツ語、オランダ語、アルザス語、フラマン語、北欧語)を使っている人々が
後者の末裔であろう。
またおおまかに言うと、ほぼ、前者はカトリック教徒、後者はプロテスタント教徒に重なるであろう。
はじめてヨーロッパの民族分布の様がみえたような気がした。
以下
日本兵と唯幻史観
世界の民族がそれぞれ主として自分たちの土地の産物で暮らしていた近代以前においては、
土地が痩せていて気候条件にも恵まれなかったヨーロッパ民族は世界の諸民族のなかで
いちばん貧しい民族であった。
もうとっくに嘘であることがバレているが、いわゆる「未開人」が貧しく惨めな野蛮生活を
送っていることを「発見」したのは、近代ヨーロッパ人の探検家たちであった。
ところが、いわゆる「未開人」を貧しく惨めな野蛮生活に追い込んだのは近代ヨーロッパ人であって、
そのような「発見」はこのことを隠すために必要だったのである。
白人とアーリア人
もともと多神教であったゲルマン民族は、キリスト教を心の隅々まで全人格的に受け容れた
わけではなく、ヴォータンを初め、ゲルマン神話の神々はゲルマン民族の無意識のなかに
生き続けた。
ワグナーの『ニーベルングの指環』などはその表現と見ることができよう。
ルターがローマ・カトリック教会を槍玉にあげたのは、免罪符問題などは口実であって、
教会がローマ帝国の権力支配を宗教的な形で引き継いだ相続人だったからであろう。
聖書をドイツ語に訳したのは、ドイツ人としてのルターのナショナリスティックな自己主張であろう。
宗教改革は、堕落したローマ・カトリック教会に対する弾劾という形を取っているが、
ホンネはキリスト教そのものに対する、そしてキリスト教を押しつけたかつてのローマ帝国の
残像に対する反逆であろう。・・・
もし、キリスト教hがヨーロッパ文明の基盤であり、骨格であり、原理であるとすると、
ヨーロッパ人の中枢であるゲルマン民族は、おのれを失って、ユダヤ人が創始した
ユダヤ教の変形であるキリスト教の支配に屈した奴隷であることになる。
・・・
アーリア神話の背後にあるのもこの怨念であり、ついには、ナチズムに至るのである。
ゲルマン民族は、ローマ人に蛮族と蔑まれ、差別された恨みを決して忘れはしなかった。
その無意識的恨みが、その後ずっと、さまざまな形を取って噴出すのである。
ここでちょっと注釈をしておくと、ローマ帝国との関係で、ゲルマン民族は一致団結して
反ローマにまとまっていたわけではなく、ローマに迎合し、ローマに取り込まれ、
ローマ化した人々と、ローマになじまなかった人々、ローマに反抗し続けた人々とにわかれる。
おおまかに言うと、現在、ラテン語系の言語(イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語
ルーマニア語)を使っている人々が前者の末裔で、ゲルマン語系の言語(ドイツ語、
オランダ語、アルザス語、フラマン語、北欧語)を使っている人々が後者の末裔であろう。
またおおまかに言うと、ほぼ、前者はカトリック教徒、後者はプロテスタント教徒に重なるであろう。
あとがき
われわれは、世界史というと何となく世界人類の歩みの客観的記述のように思い込んでいるが、
ひょっとしてそうではなくて、一種のプロパガンダ、コマーシャルなのではないか、
ヨーロッパ(とアメリカ)の歴史家は真実の探求者ではなくて、自覚していたかしていなかったか
わからないが、むしろ情報戦略家ではなかったか。
近代ヨーロッパの犯罪を隠蔽し、正当することを任務とする宣伝マンではなかったかと気づいた。
まさに目から鱗が落ちたわけであるが・・・
TBS・MBS系で放送されている『マクロスF(フロンティア)』が人気を読んでいる。『超時空要塞マクロス』の25周年を記念して製作された本作は、..........≪続きを読む≫
特にこのマクロス のできはいいと思う。
歌 により かつての文化の記憶を蘇らせるゼントラーディ人
さて、特に前回の放送 のゼントラーディ人 をみていて、
以下の話を思い出した。
ナチスの暴走はゲルマン民族の
「ローマ人に蛮族と蔑まれ、差別された恨み」もある。
もともと多神教であったゲルマン民族は、
キリスト教を心の隅々まで全人格的に受け容れたわけではなく、
ヴォータンを初め、ゲルマン神話の神々は
ゲルマン民族の無意識のなかに生き続けた。
ワグナーの『ニーベルングの指環』
などはその表現と見ることができよう。
嘘だらけのヨーロッパ製世界史/岸田 秀
ローマ時代を描いた蛮族との戦闘シーンのゲルマンの蛮族の様は確かにいつもひどい。
もし、キリスト教hがヨーロッパ文明の基盤であり、骨格であり、原理であるとすると、
ヨーロッパ人の中枢であるゲルマン民族は、おのれを失って、ユダヤ人が創始した
ユダヤ教の変形であるキリスト教の支配に屈した奴隷であることになる。
それにしても、すごい表現。
ルターがローマ・カトリック教会を槍玉にあげたのは、免罪符問題などは口実であって、
教会がローマ帝国の権力支配を宗教的な形で引き継いだ相続人だったからであろう。
そういう点もあったのかも。
ゲルマン民族は一致団結して
反ローマにまとまっていたわけではなく、ローマに迎合し、ローマに取り込まれ、
ローマ化した人々と、ローマになじまなかった人々、ローマに反抗し続けた人々とにわかれる。
おおまかに言うと、現在、ラテン語系の言語(イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語
ルーマニア語)を使っている人々が前者の末裔で、
ゲルマン語系の言語(ドイツ語、オランダ語、アルザス語、フラマン語、北欧語)を使っている人々が
後者の末裔であろう。
またおおまかに言うと、ほぼ、前者はカトリック教徒、後者はプロテスタント教徒に重なるであろう。
はじめてヨーロッパの民族分布の様がみえたような気がした。
以下
- 嘘だらけのヨーロッパ製世界史/岸田 秀
- より抜粋
日本兵と唯幻史観
世界の民族がそれぞれ主として自分たちの土地の産物で暮らしていた近代以前においては、
土地が痩せていて気候条件にも恵まれなかったヨーロッパ民族は世界の諸民族のなかで
いちばん貧しい民族であった。
もうとっくに嘘であることがバレているが、いわゆる「未開人」が貧しく惨めな野蛮生活を
送っていることを「発見」したのは、近代ヨーロッパ人の探検家たちであった。
ところが、いわゆる「未開人」を貧しく惨めな野蛮生活に追い込んだのは近代ヨーロッパ人であって、
そのような「発見」はこのことを隠すために必要だったのである。
白人とアーリア人
もともと多神教であったゲルマン民族は、キリスト教を心の隅々まで全人格的に受け容れた
わけではなく、ヴォータンを初め、ゲルマン神話の神々はゲルマン民族の無意識のなかに
生き続けた。
ワグナーの『ニーベルングの指環』などはその表現と見ることができよう。
ルターがローマ・カトリック教会を槍玉にあげたのは、免罪符問題などは口実であって、
教会がローマ帝国の権力支配を宗教的な形で引き継いだ相続人だったからであろう。
聖書をドイツ語に訳したのは、ドイツ人としてのルターのナショナリスティックな自己主張であろう。
宗教改革は、堕落したローマ・カトリック教会に対する弾劾という形を取っているが、
ホンネはキリスト教そのものに対する、そしてキリスト教を押しつけたかつてのローマ帝国の
残像に対する反逆であろう。・・・
もし、キリスト教hがヨーロッパ文明の基盤であり、骨格であり、原理であるとすると、
ヨーロッパ人の中枢であるゲルマン民族は、おのれを失って、ユダヤ人が創始した
ユダヤ教の変形であるキリスト教の支配に屈した奴隷であることになる。
・・・
アーリア神話の背後にあるのもこの怨念であり、ついには、ナチズムに至るのである。
ゲルマン民族は、ローマ人に蛮族と蔑まれ、差別された恨みを決して忘れはしなかった。
その無意識的恨みが、その後ずっと、さまざまな形を取って噴出すのである。
ここでちょっと注釈をしておくと、ローマ帝国との関係で、ゲルマン民族は一致団結して
反ローマにまとまっていたわけではなく、ローマに迎合し、ローマに取り込まれ、
ローマ化した人々と、ローマになじまなかった人々、ローマに反抗し続けた人々とにわかれる。
おおまかに言うと、現在、ラテン語系の言語(イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語
ルーマニア語)を使っている人々が前者の末裔で、ゲルマン語系の言語(ドイツ語、
オランダ語、アルザス語、フラマン語、北欧語)を使っている人々が後者の末裔であろう。
またおおまかに言うと、ほぼ、前者はカトリック教徒、後者はプロテスタント教徒に重なるであろう。
あとがき
われわれは、世界史というと何となく世界人類の歩みの客観的記述のように思い込んでいるが、
ひょっとしてそうではなくて、一種のプロパガンダ、コマーシャルなのではないか、
ヨーロッパ(とアメリカ)の歴史家は真実の探求者ではなくて、自覚していたかしていなかったか
わからないが、むしろ情報戦略家ではなかったか。
近代ヨーロッパの犯罪を隠蔽し、正当することを任務とする宣伝マンではなかったかと気づいた。
まさに目から鱗が落ちたわけであるが・・・
