今日はくまがこりんとしょこたんのお風呂係です。
しょこたんの後にこりんをお風呂場に投入しようと
お風呂場の扉を開けたら、くまがある物を持っていました。
リアップ。
父の育毛促進用のシャンプーです。
母の普通のシャンプーもあるのに、何故そちらを選ぶのか。
独創的な判断基準に脳が酸欠になりそうでした。
父も苦笑いです。
以上
続々… の続きです。
授業が終わってから利用頻度の少ない人目の付かない階段に行って
アルバムをそっと開きました。
個人写真が載っているクラスのページを開いて
まずは親友本人を探しました。
何ページ目かで、ようやく彼女を見つけました。
次に、同じクラスだったと聞いていた彼女の友達を探しました。
が、どれだけ注意深く見ても、何回見ても
その友達は写っていません。
彼女から聞いていた友達の名前はどこにも見当たりません。
同じクラスだったと思い込んでいただけかと思い
他のクラスのページもくまなく探しました。
全部で何クラスか忘れましたが、見落とすほど多くもないので
多分、全部ちゃんと確認できたと思います。
それでも、その友達は写っていませんでした。
名前を聞き間違えていた可能性も踏まえて
部活毎の集合写真も見ることにしました。
確かに、聞いていた部の集合写真に彼女がいました。
しかし、やはり彼女の友人らしき人物は写っていません。
念のため、その部活の写真に写っている子達全員の
クラス写真も確認しました。
聞いていた名前や容姿に近い人は誰一人いませんでした。
更に驚いたのは、部活の写真に賞状やトロフィーが
全く写っていないことでした。
県大会や更に上の大会にも出ていたと聞いていたからです。
賞状とかと一緒に撮らない学校かと思いましたが
他の部の写真には賞状、トロフィー、メダルなどが写っています。
愕然としました。
嘘をつかれたこともショックでしたが
それ以上に、どうして彼女がそんなことをしたのか
どうしてその対象が私だったのか、自問自答を繰り返しました。
そして、その事実をどうしてセンター試験前日に知ってしまったのか。
試験後にアルバムを借りれば良かったのにと後悔しました。
仕事から帰ってきた母にその事実を話していると
抑えていた気持ちが止まらなくなり、号泣しました。
そんな私を見て、母は
「あなたに好かれたかったのよ」
「病気だったのかもしれないよ」
と言いましたが、その時の私は受け入れられませんでした。
夜中まで、この驚愕の事実についてぼんやり考えていました。
そして、試験の結果が散々たるものだったという
最初の記事 に戻るわけです。
ちなみに、その後の話を少しさせてもらうと
私は、アルバムを見たことについて、彼女に話せませんでした。
嘘をついていたことについて、彼女に追及できませんでした。
そして、彼女とまともに話すことができなくなりました。
卒業後、部活のメンバーで集まる機会にも行けなくなりました。
部長だったのですが…
そんなこともあり、私はセンター試験のニュースを見ると
昔の苦い経験を思い出します。
未だに忘れないというのは、かなり衝撃的だったのだと思います。
ですが、こうやって、振り返ることができているということは
ある程度、区切りがついてきたと言って良いかもしれません。
もっと年月が立てば、あの嫌な気持ちがもっと薄らぐはずです。
しかし、何か私に致命的なことが起きない限り
きれいさっぱり忘れることはできないのだろうと思います。
悲しい気持ちは忘れられるかもしれませんが
悲しい気持ちになったことは忘れられないような気がします。
よく考えれば、出産と同じです。
どんな痛みだったかは忘れましたが
痛かったことは覚えています。
彼女と笑顔で会うことはできないと思いますが
彼女が普通に暮らしてくれていれば良いです。
そう思えるのは、今、自分が幸せだということなのでしょうね。
以上
続… の続きです。
その下敷きの手紙をもらってから数日後。
センター試験まで後1ヶ月をきっていました。
朝、急いで教室に向かう私(毎朝遅刻寸前でした)を見て
その親友が私の所に飛び込んできました。
私がびっくりして、どうしたのか聞くと
前日、例の入院している子が亡くなったと言われました。
私にしがみついて酷く泣く彼女。
なだめていましたが、チャイムが鳴ってしまったので
それぞれの教室に戻りました。
その日は落ち込んでいる彼女の様子を見に
何度か彼女の教室に行ったような気がします。
それからしばらくして。
私はその亡くなった彼女のことが知りたくて
親友の中学の卒業アルバムが(やっぱり)見たいと思いました。
以前、何回か見たいとお願いしていたのですが
一度も見せてもらったことがなかったからです。
彼女と同じ中学の子は他に1人しかおらず
その子と面識のない私は、直接頼むことができませんでした。
が、何とか友達づてでアルバムを入手することができました。
それがセンター試験の前日でした。
続きはまた今度。
さっき の続きです。
その親友とは部活が一緒で、2年生のとき、クラスが一緒でした。
家は結構離れていましたが、泊まりに行ったり、遊びに行ったり
沢山話をして、沢山同じ時間を過ごしました。
彼女の話に時々出てきたのが、中学時代の話。
運動系の部活に打ち込んで、大会で良い成績を収めた話や
その部活の仲間の話などを聞きました。
キツイ練習に耐えてきた彼女に共感するところもあり
クラスが同じだった1年間でとても親しくなりました。
そして、3年生になってからか、それともその前だったか
彼女の中学時代の部活の友達が入院していると聞きました。
以前からその子は、彼女から私の話を聞いていて
私にすごく興味を持ってくれているという話を聞いていたので
全然面識はありませんでしたが、心配していました。
それから何十日かして、彼女から1通の手紙を受け取りました。
差出人は彼女、ではなくて、入院している彼女の友人です。
文面は全然覚えていないけれど、私に興味があって
いつか親友と一緒に会えれば良いのに、というような
内容だったような気がします。
今は知らない人から手紙を受け取ると違和感を感じるでしょうが
当時は携帯もポケベルさえない時代だったので
そんなに変なことではありませんでした。
更にそれから何日かして、彼女が暗い顔をしてやってきました。
その入院している友達の容態が思わしくなく、もう退院できない
という話でした。
そういうことなら、手紙をもらっているし、一度一緒に
お見舞いに行っても良いかと彼女に申し出ました。
が、その子は、病気のせいで、見た目が昔と変わってしまったから
来ないでほしいと断られました。
確かに、病気の子に対して配慮のないお願いだったと反省しました。
と、更に数日後。
その子から手紙をもらいました。
下敷きに油性ペンで書いたその文字は、酷く震えています。
会いたいけれどこんな状態では会えないので
せっかくのお見舞いの話を断ってごめんなさい。
彼女は自分の大切な友達なので
これからも彼女と仲良くしてあげてほしい。
そんな内容でした。
続きはまた今度。