まず、デンマーク映画について、少しだけ述べてみます。デンマーク、北欧の国ですね。スウェーデン映画とか、ノルウェー映画とか、フィンランド映画、もちろん昔から作られていますが、特に『ぼくのエリ 200歳の少女』や『シンプル・シモン』などが日本でも話題となったことから、ここ十数年でいろいろな北欧映画が届けられています。デンマーク映画もそう。1987年製作の『バベットの晩餐会』はデンマーク映画の代表作のひとつで、シネ・ウインドでも上映されました。いいですねぇ。

 映画といえば美術ですが、北欧映画はハリウッドやフランス映画のような絢爛な美術ばかりでなく、山々や平原、街並みといった実景の美観、その土地を移ろう空気、人々の生活感や息遣いを、手の込んだ装飾に頼らずじっくり捉えて見せる。そこがいいですね。2021年は、一体どうしたとばかりに、デンマークからの新作映画が日本で配給されました。警察と市民の対決を描くスリラー『アンコントロール』。酪農農家を営む叔父と姪のドラマ『わたしの叔父さん』。トマス・ヴィンターベア監督の新作『アナザーラウンド』。イスラム過激派組織の人質となった青年の救出劇『ある人質 生還までの398日』など、見事な秀作揃い。そんな破竹の勢いを感じさせるラインナップに彗星のごとく現れ、デンマーク映画界の盛況を加速させた要注目のヒューマンドラマが『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』です。

 

 なかなか、気がかりな題名が付きましたよ。「完璧な、普通の、家族」ですって。ということは、その名の通り、家族ドラマ、デンマークのホームドラマですね。しかし、完璧な普通って、何でしょう。ご覧になると、「ああ、そうか」と思慮が巡ることと思います。とある一般家庭。両親がいて、幼く可愛らしい娘さんが二人という、元気で充ち足りたご家族です。ある日、家族4人が集まると、両親が告げました。「パパとママは離婚するの」と。「ええ、何で何で」と聞きますと、「パパは女になりたいの。性別適合手術を受けるの」ですって。映画の主人公は姉妹の妹さん、11歳。これを聞き、当然釈然としない。大好きなパパが、女になる。パパがママになる? どういうこと? その矛盾とも言い切れない葛藤。それはトランスジェンダーといいますか、生まれつきの感覚で、誰が悪いとか、そういう話じゃあない。でも、なら何で結婚して、子どもを持ったの? 仕方のないことに、納得ができないんですね。手術を受けて女性になったパパ。これからどういう風に見ればいいか、接したらいいのか。どんな生活になっていくのか。この子は何とも知れず、思い詰めます。自然の摂理? 親の都合? 男だ女だ、暮らしにくさだ、誰のせいだ、家族って何なの、普通って何なの。そういった人間的な感情が渦巻いて、愛憎が湧き出て、うまく整理がつかずに悩んで悩んで生きていく。その少女の視点による、喜怒哀楽。非常にデリケートかつセンセーショナルで、多感な映画です。

 

 監督は、本作が長編デビュー作となるマルー・ライマン。何と彼女自身の実体験に基づいた映画企画といいます。そう11歳で父親が女性になったという経験をしているんですね。よって脚本も、自分で仕上げ、自分で演出にあたっています。その実体験。少女期の複雑な感覚。家族愛、親子愛。愛ゆえの反発。それでもパパはパパなんだという愛慕を、どうしても映画にしたかった。感動作という言葉は使いたくありませんが、ライマン監督が愛の本質に迫りながら、人情の機微を晒していく、あまりにも感覚的な映画タッチに涙しました。これが夏に上映されたなら、終映後の脱水症状が心配です。それだけ落涙し、塩分が流れ出ます。この監督は人類を感涙で干乾びさせようとしているのかもしれません。恐ろしい人ですよ、マルー・ライマン。

 ということで、『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』はデンマーク映画の新たな傑作。もし北欧映画デンマーク映画にまだ触れたことがないという方がおられましたら、本作が新たな趣向のきっかけになることでしょう。ここからデンマーク映画の面白さや可能性をどんどん探っていってもらいたいです。これからも、まだ見ぬ才人による新作が日本に届くでしょう。本作はそういった期待を抱かせるほど、希望を感じる一作です。