これまで料理ネタのみでしたが、これからもう一つのテーマとして、「本」を読んでの感想と日々感じること、思うことをこのブログに掲載していきます。
料理ネタとは全く切り口が違いますが、これはこれとして読んでもらえたらと思います。
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E・フロム著 佐野哲郎訳『生きるということ』紀伊国屋書店 1977年を読んで
[序章 大いなる約束、その挫折、新たなる選択]
この章を読んで、東日本大震災での福島の原発事故のこと、「辻真一著『スロー・イズ・ビューティフル』平凡社ライブラリー2004年」のことを思い浮かべた。
"私的な生活な生活の場合なら、狂人ででもなければ、自分の存在の総体に対する脅威を目前にしながら、受け身の姿勢を続ける者はいないだろうが、公のことがらに携わっている人びと事実上何もしていないし、自己の運命を彼らにゆだねた人びとは、彼らがずっと何もしないでいるのを許しているのである"という言葉は印象的だった。
現代の資本主義、産業主義、限りない生産と消費を追求する社会は、経済的にも自然資源の点でも破綻に向かっている。それはデータからも明らかだが、政治家も一般市民も大多数の人々はそれに対して何もしていないのだ。という主張だ。この著書は1977年に出されたものだということも考えさせられる。この主張は現在も十分に当てはまると思う。
戦争、原子力の危険、食の危機、環境破壊など地球規模での危機に直面しながらも、日々の生活でそれらの危機に対して具体的に取り組むことが出来ているか?と問いかけてみると、はなはだ心もとない。明日は今日と変わらず来るだろうという根拠のない楽観に支えられて、日常から"危機"は感じられず、どこか自分からは遠い所で起こっている、または起こらないだろうと無意識的に考え日々を過ごしている。
何か一つずつでも行動として変えて行きたいと感じた。
料理ネタとは全く切り口が違いますが、これはこれとして読んでもらえたらと思います。
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E・フロム著 佐野哲郎訳『生きるということ』紀伊国屋書店 1977年を読んで
[序章 大いなる約束、その挫折、新たなる選択]
この章を読んで、東日本大震災での福島の原発事故のこと、「辻真一著『スロー・イズ・ビューティフル』平凡社ライブラリー2004年」のことを思い浮かべた。
"私的な生活な生活の場合なら、狂人ででもなければ、自分の存在の総体に対する脅威を目前にしながら、受け身の姿勢を続ける者はいないだろうが、公のことがらに携わっている人びと事実上何もしていないし、自己の運命を彼らにゆだねた人びとは、彼らがずっと何もしないでいるのを許しているのである"という言葉は印象的だった。
現代の資本主義、産業主義、限りない生産と消費を追求する社会は、経済的にも自然資源の点でも破綻に向かっている。それはデータからも明らかだが、政治家も一般市民も大多数の人々はそれに対して何もしていないのだ。という主張だ。この著書は1977年に出されたものだということも考えさせられる。この主張は現在も十分に当てはまると思う。
戦争、原子力の危険、食の危機、環境破壊など地球規模での危機に直面しながらも、日々の生活でそれらの危機に対して具体的に取り組むことが出来ているか?と問いかけてみると、はなはだ心もとない。明日は今日と変わらず来るだろうという根拠のない楽観に支えられて、日常から"危機"は感じられず、どこか自分からは遠い所で起こっている、または起こらないだろうと無意識的に考え日々を過ごしている。
何か一つずつでも行動として変えて行きたいと感じた。