1月某日。
ある患者さんを在宅で看取る。
1年半前、当院に通院し始めた矢先、HCCが見つかった。当初、腫瘍は2cmにも満たず、良い手術適応と思われた。大学へ紹介し開腹手術をされた。しかしながら、腫瘍自体が肉腫性変化をしており、組織が極めて悪いことが判明した。その後、案の定、局所再発、肺転移が次々と見つかり、メインの担当科は早々に外科から放射線科になった。
その間もずっと当院に通っておられていた。
抗がん剤も何種類も試され、病状は一進一退を繰り返していたが、今年1月に入りついにできなくなった。
それから、ご家族とご本人の希望により在宅治療をしていた。
当日早朝6時半、電話で起こされた。
勤務医の頃から、幾度となく繰り返し受ける最期を知らせる電話。
患者の家を訪ねると、Tさんは、すでに息を引き取られていた。
子供や孫に囲まれる中、死亡確認を告げる。
「ありがとう」「おばあちゃんの分も生きるからね」というお孫さんの声を聞き、
自身の祖母を亡くした時の哀しみを思い出す。
人の世は一体どのくらいこの光景を繰り返してきたのだろう?
岡本太郎は言った。
「死ぬということはこの宇宙が消滅するということ」
自分は未だにその日を恐れている。
次の日、看護士のYさんが、お通夜に行くと、ご家族から何回も感謝の言葉を頂いたとのこと。
元々、在宅で看取ることに反対されていたご主人が、お通夜の挨拶で、在宅で看取ることの素晴らしさをお話されたそうである。
それを聞いて、僕は限られた範囲内ではあるが、一つの仕事を無事終えたことを知り、少し安堵した。
後日、娘さんが来院され、彼女の最期の日、一緒に撮影してもらった写真を頂いた。
写っているのは僕と看護士のYさん、彼女の3人。
おそらく彼女が最も苦しく感じたであろうその最期の日、真っ黄色の彼女は真ん中で必死に笑顔を作ってくれていた。
僕たちは、その心遣いに深く感謝しなければならない。
「自分の行為は世界に響いている」 (フリードリヒ・ニーチェ)