みなさん、見出しに書いたタイトル読めますか?!
サムネイルなしで、何のことだか判る人は元暴走族だった人たちくらいでなかろうか?!
何故、こういう字を当てたのだろう?
確かに、歌舞伎役者も世の中を傾いていた人達なので、暴走族とスピリッツは通ずるものはあるのだろうが、音的に「パン」は読めない。そこは、歌舞伎の白波物ということで、泥棒をさしているのだろうが、音と意味をごちゃ混ぜにしては解りにくい。訓読みの訓が音読みであるくらい、違和感を感じる。
ということで、久しぶりの歌舞伎鑑賞であった。
仕事柄、落語や能、狂言と日本文化の芸術鑑賞をする機会がある。
いずれも、古典もあれば新作ものもある。
特に、歌舞伎と狂言においては、アニメにも手を出していて、「あの世界観をどのように表現するのだろう?!」と興味、というより疑って捻くれた正義感で観に行くことがある。
芝居に関してもそうである。
「美女と野獣」や「アナと雪の女王」など、劇団四季はディズニーと提携しているし、「ハリーポッター」や「バックトゥザフューチャー」など、プロジェクターマッピングを駆使して、装置に合わせて演じているようなものを多く見かける。遊園地に来ているようである。
TVや映画もそうである。
CGやVFXに懲り、どうやって作ったんだろうが興味の中心になり、肝心のストーリーやドラマが薄っぺらいものしか見かけないような気がする。
没入感とか非日常を感じたいのであれば、それでもいいのだろうか・・・。
現に、今の若い者たちは、作品を倍速動画で見ているらしいから、それでも良いのか。
現代は、日本特有の「間」や「情感」や「風情」といったものは淘汰されてしまったのか・・・。
最近のストーリーある作品に、血の通いを感じないのは私だけであろうか?!
で、今回の鑑賞に戻るが・・・
このルパンシリーズは第二弾ということで、観に行った。
現代社会ものを無理くり時代劇にしているため、セリフがすゑひろがりずの和風変換のようで、なかなか芝居内容に入れなかった。舞台演出的には、フライングや舞台が大海原になったりとが回舞台に奈落とありとあらゆる舞台仕掛けが見られた。
クロマキーで覆われた何もないところで行われる演技とは違い、少なくとも役者とスタッフの汗と苦労を感じさせる作品であった。
カーテンコール後、撮影OKで拡散希望のアフタートークがあった。
松竹であろうと、集客は大変なのだろう・・・。


