世間では通信各社のスマートフォンを巡る話題で喧しい。
各社とも、社運を懸けた競争を繰り広げているので
あからさまに批判することは避けたい。
わたしはいまのところ、従来型の携帯
(いわゆるフィーチャーフォン、またの名をガラケーともいう)
を使っていて、当面スマホに替える予定もない。
わたしの通勤カバンの中には
ネットワーク・ウォークマンと雑誌または単行本が入っている。
ケータイはもちろんポケットの中。
情報の収集は会社または自宅のPCで行う。
スマホというのはよくできたガジェットだとは思う。
音声通話、情報の収集、音楽を聴く、本を読む、
こういった本来は別個の行動がひとつの機器でできてしまう。
そういう意味では、画期的なのかもしれない。
ALL IN ONE 。
素晴らしいことだ。
しかし、わたしは同調圧力に屈するのを極端に嫌う。
みんなが使っているから、とか
それが世間の常識だから、というのが
気に食わない。
商品を選ぶなら、自分の意思で選びたい。
そのあたりのところで、わたしは協調性がないだとか
悪い意味でマイペースだとか
唯我独尊だとか言われることもある。
そういう批判は甘んじて受ける覚悟はあるつもりだ。
わたしの場合、情報収集、音楽観賞、読書などを
それぞれ別の媒体で行っているからこそ
気持ちに区切りができる。
これがひとつの媒体でできるということになると、
それを手に握ったまま
仕事以外の自分の自由になる時間は
すべてその媒体に注ぎこむということになりかねない。
これが夫婦だとか恋人どうしだとかの関係になると
ふたりの間に隙間風が吹かないかどうかなどと
余計な心配をしてしまう。
このガジェットは両刃の剣なのではないか?
まさに、愛・不穏なのである。