私は、周りからもいつも楽しそう、と言われますし、もちろん自分なりには楽しく毎日を送っているつもりでも、多少は嫌なことだってある。


少しは辛いことがあるから、それ以外は幸せなのかもしれない。

でも、やっぱりその辛いことがなかなか解決しなくて苦しい時もある…。


そういう時は最近知った言葉を、何度も何度も繰り返して読む。


「愚者は悪行の報いが熟しない間は、それを蜜のように思いなす。しかし悪行の報いが熟したときは、苦しみを受けるに至る。悪しくなされた行為は牛乳と同じように、すぐには固まらない。灰におおわれた火と同じように、じわじわ燃えながら、愚者につきまとう。まだ悪の報いが熟しない間は、悪人といえども幸運に出会う。しかし悪の報いが熟した、時に悪人はもろもろの凶事に出会う」


うーん、なるほど。

でも…いつ、愚者の悪行の報いとやらは熟すのか。

愚者の悪行が熟さないまま、本当に蜜だけを吸い尽くして思う通りに幸せに生きている人がいるかもしれない。

熟すまで待たないといけない立場の人の救いはどこにあるのか?


何もかもどうでも良くなった人こそが本当に怖いと聞いた。

確かに、周りから変だとか、気持ち悪いとか、いなくなって欲しい、そう思われたくないという理性があればまだ周りも救われる。

でも、そういう理性が無くなって、

変だと思われても、気持ち悪いと思われても、いなくなって欲しいと思われても何〜にも感じないようになると、きっと人って怖いものがなくなるじゃないですか。

そこに達した人間が一番強いから怖いし、そういう人が煮ても焼いても食えない愚者かなと。

そういう人が周りの目を気にしないで迷惑ばかりかけるような悪行を繰り返すとして、それが熟すまで待つことになる。

一体それは、いつまで待てば良いのか…?

もろもろの凶事に当たって、本人がこれまでの悪行を悔いるのはいつなのか?


因果応報は本当にあるのか。

それが分からず見えず、苦しいことがある。

その苦しみ、辛さを片手に持って、今後も自分と自分の周りの大好きな人達の幸せを追求して生きて行くしかない。

好きなことだけ考えるようにして、苦しみや辛さをあまり見ないでおいて、これからもやっていくつもりだけど、上に書いた愚者には早く気付いて欲しい…。早く改めないと凶事に出会うよ、と。

そうしてみんな凶事に出会いませんように…。