彦嶽宮 下宮

 

 

 

楼 門

 

 

 

 

 

 

 

 

楼門内の狛犬ではなく山犬だそうです。

 

 

 

 

 

手水舎

 

 

 

 

 

 

由緒 

第十二代景行天皇の時代に、 

日向の国(宮崎県)の熊津彦(くまつひこ)がそむいたので、 

天皇は景行十八年四月に御軍を率いて九州に上陸され、 

高天山(震嶽)に行宮を営まれました。 

 

熊津彦は土蜘蛛の津頬(つちぐものつつら)と共に兵を進めて 

夜中に天皇を襲いました。 

 

天皇が行宮において諸神をお祈りされると、 

彦嶽の頂上より高天山に霊感があって、高天山は大いに振動し、 

賊徒はたちまち敗走して天皇の大勝となりました。 

 

天皇は進んで日向の国に攻めて、熊津彦及び津頬を誅し給い、 

お帰りの途中に神恩に感謝して、

彦嶽に上宮・中宮・下宮を 造立されました。 

 

これが、彦嶽三所宮の創建です。

 

 

 

第18代履中天皇の御宇、都邑の県主の後胤 都邑の武彦君の 

神記奏上により日籠の峰(彦嶽)に畫日別陰龍王伊弆諾神を 

奉祀し神田75町を付け給いました。 

 

第27代継体天皇の22年(西暦529年)に、 

筑紫の国造磐井が反乱をおこした時、 

大連物部の麁鹿火は征討の命を蒙り筑紫の国に下向し、 

彦嶽宮を祈り御井郡の戦に磐井を討平げることができました。 

 

神楽殿

 

拝 殿

 

御祭神 

天照皇大神(あまてらすおおみかみ) 

倉稲魂神(うがのみたまのかみ) 

 

合殿 

素戔鳴神(すさのおのかみ) 

健磐龍神(たけいわたつのかみ) 

彦御子神(ひこみこのかみ) 

 

 

御利益 

国土安泰、開運招福、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、芸能上達など 

 

本 殿

 

猿田彦太神

 

 

 

 

 

金刀比羅宮

 

 

 

御祭神:大物主神

合祀素戔鳴神

 

 

 

鎮座地 

熊本県山鹿市津留2248