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読書リスト&なんとなく一言

古書店で買った本、あるいは図書館で借りた本の感想

なんとなく言ってみた一言

語学学習に効率性を求めますか?もちろん、仕事で必要とか、留学で必要とか、外国での生活で必要とかであれば、それこそ生活がかかっていますから、ある程度は効率性を求める必要があるとは思います。でもわたしみたいにNipponチャチャチャ国に住んでてなんとなく語学を勉強している大半の人たちにとっては、かなりの割合で語学ができる・できないで生活の質が変わることはないですよね?だから、必要もないのにいつまでも語学ができないなんて意味不明の悩みというか不安感にNipponチャチャチャ人は苛まれる必要はないと思います。いいんじゃないですか、必要もないのに語学を勉強している人は効率性なんて求めなくても。例えば、昆虫採集が趣味の人って、アカデミックに昆虫を体系的に網羅的に採っているんじゃないですよね、多分。虫がたくさんいそうな山とか原っぱとか水辺にズカズカ入っていって、目の前に出てきた虫をオリャーって感じで網を振り回して捕まえようとするんですよね。昆虫学者じゃないんだもの。その結果、かなりの時間をかけて、昆虫の標本がなんとなくそれらしく整ってくるわけですよね。その標本を眺めていて特定の昆虫を採りにいったり、図鑑を見ていて大好きになった特定の虫を採りにいくという行動はもちろんするでしょうが。語学の学習もそうじゃいけませんか?映画やドラマやスポーツやYouTubeや雑誌や新聞やPBを漁ってアトランダムにいびつに外国語をオリャーて感じで継続的に学びながらなんとなく使えるようになっていく中で、自分の語学スキルポートフォリオを見て、弱い特定のスキル(例えばwriting)を集中的に学習したり、英語であればtoeflやieltsやc-英検で高得点を得ようとスキル全般を網羅的にアップさせて留学や海外生活を目論んだりとかでも全然構いませんよね?まあ、わたしの語学に対する姿勢がそうなんですけど。語学に生活がかかってない人に、明確を目標を設定して長中短期の計画を立てて語学の学習を生活の軸にしろなんて、それこそ語学を事業的に(あるいは受験的に)学習しろと言っているようなもので、非現実的以外何ものでもないと思うんですけど。わたしのように、語学に生活がかかっていないのに全般的になんとなく語学の勉強をしている人は、好きなことを好きなように自分のペースでふらふらと学習していくということでいいんじゃないですか。だって、昆虫採集や天体観測や郷土史研究や将棋や碁を趣味でやっている人たちと同様で、それに生活をかけていなんですもん。好きでやっているだけなんですもの。その結果、趣味の領域にも関わらず、toefl110、ielts8、c-英検C2Pみたいな高スコアを叩き出す人だってそこそこいるんですし。本心からでなく口先だけで(生活をかけていないということです)語学ができるようになりたいという人たちの言葉尻を捉えて語学学習を事業化しろみたいなことを言って煽るような人って、語学学習者を泥沼に引きずり混んで貴重な時間とお金を浪費させている、エセ詐欺師みたいなもんですよ。エセ詐欺師の言う通りにやって長期間かけて語学を習得した結果、それでどうするのという段階で、どうせ必死にやるなら他のことをやった方が良かったということになったら、エセ詐欺師さんの口車に乗せられたと後悔するでしょうね。まあ、言葉尻を捉えて語学学習者のために言ったことだと無意識に思うでしょうし、結局は本人の自己責任の範疇なんでしょうけど。でも、趣味だからとか単に好きだからという理由で語学を勉強するならそんな後悔は抱かないし、うまくいけば人生を通しての趣味になるわけじゃないですか?そうでないと言うなら、エセ詐欺師さんは、生活をかけて語学を勉強している本物の人たちも(メインの)ターゲットにしてはいかがですか?もっとも、そんな本気モードでやっている人たちにはエセ詐欺師の言うことなんて全く響かないと思いますけど。頑張りましょうねー!