オバマケアの申し込みが10月から始まりました。

職場からオバマケアのインフォメーションをもらったので、

さっそく問い合わせの電話をかけてみました。


正直、オバマケアの仕組みについてよく分かっていませんが、

私なりの解釈だと、政府が保険を援助してくれるが、その保険料などは

個人の収入などにより異なるので、質問事項に答えてどんな保険があって

いくらで入れるのか、先ずは見つけなくてはいけない。

また、既に会社勤務等でお得な保険が付いてくる人には関係の無い話。

あと、オバマケアが始まってから何の保険も入らない人には罰金が課されるということ。



うちの主人の保険料は会社が全額負担してくれるので、彼にはオバマケアは関係ない話だけど、

私自身は現在、激安の保険(月約60ドル)に個人で入っている。

でも、万が一妊娠した時はカバーされないので、ミドルクラスの私達にとっては

今回のオバマケアの内容が気になる!

だって貧乏ってわけじゃないから、政府のメディケイドに申し込めるわけでもないし

かといって妊娠をカバーする既存の保険は高すぎる。

(主人の保険に私が入れば妊娠をカバーしてくれるけど、月400ドル以上かかるので
妊娠の予定が現在ないので、結局入らなかった。)



といったことで、とりあえず電話してみた。

言語サービスがあると聞いたので、日本語通訳をダメもとでお願いしたら

何と日本語通訳をつけてくれ、アメ人のオペレーター、私、日本人通訳さんの三者同時通話が実現。

これは便利ー!いろいろ質問できてすっきり。


電話だけではまだ妊娠がカバーされる保険がいくらかは分からないので

オンライン、郵送などでまずは手続きをして、私の保険料を見つけてから申し込みの流れとなるそう。

郵送で詳細を送ってもらう事になりました。

保険内容がよければ、来年あたり子作りを考えることもできるかも。
クライアントのエディスおばあちゃん。

彼女の左腕にバーコード状のタトゥーのようなものがあるのには、前から気がついていた。

ねー、エディス?これなぁに?って一度聞いたことがあったけど、

ああ、これはタトゥーよ。なんてねー!冗談!

とはぐらかされていた。そして特に気にも止めていなかったんだけど

ある日その”タトゥー”について、エディスが語り出した。



時は五、六十年位前のこと。

17才のチェコ出身、ユダヤ人エディスは腕にバーコードの印をつけられ、列車に乗せられていた。

そう、ユダヤ人大量虐殺。


列車の中で死んでいくもの、脱走を試み、列車から飛び降り死んでいくものと悲惨な光景を目の当たりにしていた。

どうせ殺されるなら。。。我慢ならず、エディスも列車から飛び降りた。

一か八か。。。。

なんと、運良く死ななかった。


その代償として鼻を折り、70を過ぎた彼女の顔に今でもうっすらとその傷跡を見つけることができる。

でも、死ぬことに比べたら何でもない、運が良かったとエディスは言った。


命からがら逃げた彼女は、ドイツで生き延びていたそう。

その頃のドイツにはユダヤ人の亡命を手伝う組織があったらしい。


当時のヨーロッパでは、アメリカは金持ち国家で、そこに亡命すれば何とかなるという常識がまかり通っていたらしく、エディスも例外なくアメリカ行きを夢見る少女だった。


アメリカ行きを決意したが、お金がなくては話にならない。

船代を稼ぐために、その組織から与えられた仕事をした。

戦時中だったため、需要のあったナースアシスタントについたそう。

そこで針の使い方を学んだ。

アメリカに行けば何もかもが変わると信じて働いた。



二年が経ったところ、ビザがおり、晴れてヨーロッパをあとにした。

やっと自由の国、アメリカに行ける。

エディスは、19才になっていた。


船旅は一週間ほどで、アメリカ、ニューヨークについた。

多くの映画にもあるように、自由の女神を初めて見た時は感無量だった。



しかし、期待に胸を踊らせたアメリカ生活の現実は厳しかった。

アメリカ人全員が金持ちで、アメリカにつけば人生バラ色なんていうのは、単なるヨーロッパでの妄想で、

エディスはドイツ語がしゃべれたが、英語は全くしゃべれなかった。


仕事を模索し、運良く病院で働くことが決まったが、給料はとても安く、

夜中に裁縫のアルバイトをし、シェアしてるアパート代を払ったそう。


知り合いもいないまま、がむしゃらに働き、英語も独学で勉強した。

独学なので、今でも単語の綴りを書くのは苦手だが、会話はだんだんと出来るようになってきた。


エディスはハタチになったある日、職場の人の親戚に独身の若い男性がいるので会ってみないかと勧められる。

それがのちの夫となる、ジョセフだった。


エディスはまだ英語に自信がなく、二人は初めドイツ語も交えて話していたそう。


エディスの若い頃の写真を見ると、オードリーヘップバーン似のなかなかの美人だ。

上品な顔立ちだ。貧しくてもきちんと服にアイロンをかけるなど身だしなみに気をつけたり、整理整頓を忘れない女性だった。

イギリス系のジョセフも端正な顔立ちをしている。

二人は惹かれ合い、二年の交際を経て、エディスが22才の時に結婚した。


そこからはついに彼女の幸せな人生が幕を開けた。

三人の美しい子供達にも恵まれ、家も買った。


ジョセフは15年前に他界したけど、素晴らしい夫だった。





彼女は現在、私の住む街の閑静な住宅街に一人で暮らしている。

時には孫や子供達が訪れ、典型的な良いおばあちゃんにみえる。

でも、腕のバーコード型のタトゥー。

それは彼女の歩んできた人生の重み、列車から飛び降りたあの日の光景を忘れないようにと、消えることなく刻まれている。











二年間の条件付きGCを更新するため、三月末に書類を移民局に送っていたところ

もっと多くの、婚姻の証明が必要なので、追加書類を送るようとの指示があった。


私としては、完璧に書類や写真を揃えたつもりだったのに

書類不備とのことで、カチン!ときてしまった。


で、必要な書類は三月にすでにそちら様に送ったはずだけど、

家を買った書類が新たにあるので、今回はそれを送ります、と書き返送。


結構頭にきていたので、文面は丁寧にしたつもりだったけど、

後から読み返したら、「お前らバカじゃないの?ちゃんと前に送った書類は見ているのか?」

といった感情が見え隠れする英文になっていたかもしれない。


例えば、

The documents required have been ALREADY sent to YOUR SIDE on 3/**/13, however, this time we can provide....

みたいな文。ALREADYとかが大文字にしちゃってる感じの。


怒りのままに作成した書類を提出した暁には、面接の知らせ通知が届いてしまった。。。

普通は、条件付きGCの条件削除で面接になる人なんてあんまりいないみたいですよね。。。

あっ、やってしまったかもーーーと軽く後悔。


それで、書類関係のこと面倒がって、一切手伝ってくれなかった主人に(毎度のこと)

想定外にも面接になってしまったことを話したら、初めて書類チェックさて

私の英文の態度が悪い!!!今後は政府や移民局に間違ってもデカい態度をとるな!!!

they can screw you! とお叱りを受けた。


そんなこと言うなら、始めから書類手伝ってくれてもよかったのにねと思ったけどさっ。

次回は私の作成した書類をチェックするとのことで話がまとまった。


ああ、面接面倒くさいなー。

私の態度がデカくて強制帰国を強いられないといいけど。

今後は政府と移民局にはしおらしく!をモットーに過ごします。

そして、面接は来月です。

私はアメリカの蚊が嫌いだ。

日本の蚊も嫌いだけど、アメリカの蚊は太刀が悪い。

全米の蚊がそうなのかは知らないけど、

私の住む地域の蚊は、あの蚊の特有の音を立てない。

気がつくと刺されている、気づいた時はすでにいくつも刺されている。

忍足でやって来て、まるで忍者のようだ。

アメリカ産なのに。


しかも、日本の夏のように

夏になるとわんさか蚊がいるわけでないので

たまーに蚊が家に忍び込むと厄介だ。

蚊取り線香もキンカンのような効く薬もない。(もし、あったら知りたい)


今まではアパートの二階に住んでいたから

家に蚊がいたということはなかったんだけど、

一階だとたまに紛れこむ。


幸い家に日本からの蚊取り線香があったので

事なきを得たけど、逃げ足の早く、音を立てないアメリカの蚊は厄介だ。
蜘蛛に刺されたらしい場所が腫れ上がって

ポイズンコントロールに電話したら

熱がなければ問題なしということで、放置していた。


しかしどんどん腫れてきて

なんかヤバそうな感じの見た目になってきた。

でも、時間がなくて医者に行けずさらに放置。

強く触らない限り、痛くも痒くもなかったので。


そして一週間以上経過した本日。

いきなり腫れが引いてきた。


ということで、覚え書。

スパイダーバイトはとりあえず10日は様子みよう。


とりあえず治ってきてよかった!