あれは夢か…

街はクリスマスに彩られていた。

イルミネーションは商業的だが、それはそれなりに美しい。

センタービルが燃えた。
スプリクラーは作動せず、防火扉は誤作動した。
208名の人がなくなった。
未曽有の事件といっていい。
聖なる夜は犠牲者たちの供養の夜となったのだ。

ーフクマン商事の社長と面会したいー

ーどちらさまでしょうかー

ーなんでもいい。俺は気が短いんだ。テロのことで聞きたいことがあるー

ちっ…

伸之はどうしてよいかわからなかった。
その手には十字架のネックレスがにぎられていた。
このネックレスは聖ヨハネ会という教会員のシンボルだった。

伸之はヨハネ会から十字架を譲ってもらった。

おかしいか…

笑いたければ笑え。

真沙美…

君は本当に死んだのか?

もう帰ってこないのか?

真沙美…

会いたい……

■■■

バーにその男たちが入ってきたのは開けて12月25日。

「しけた店ですね。兄貴」

「まったくだしけた店にしけたオヤジが店番をしている」

伸之はカウンター内にいた。

「…いらっしゃい」

伸之は急用で出かけたマスターのかわりに店番をしていた。

男たちはカウンターに座った。
今夜はパチンコの休憩の常連客と、スナックのママ、そのふたりが帰ったあとの3組目だった。

「俺はハイボール」

「そっちは?」

伸之はアゴで凄みのある年かさのほうの客をうながした。

「俺はスコッチをもらおうか」

「あいにくウィスキーはニッカのブラックしかない」

「そいつは最低の選択だな」

年かさの客はニヤリと笑った。

「こういう大衆的な飲み屋だ。今時スコッチもないだろう」

「兄貴、コイツ失礼な奴ですね」

「まあまあ」

男は不適な笑みを浮かべた。

「焼酎をもらおうか。それにメニューも」

「今はオムレツしかできない」

「なんだそりゃ客をなめてるのか?」

若いほうの客が息巻いた。

「まあいいじゃないか。そのオムレツってのをもらおうか」

伸之は冷蔵庫から卵を三個取り出すと、手際よく殻を割って、フォークで溶きほぐす。塩コショウと豆乳、粉チーズを加え、温めたフライパンにバターを溶かし、卵液を流し入れる。
素早くフライパンを振って、フォークでヒダヒダをつくる。
フライパンの柄をトントンたたきながら卵を木の葉型にまとめあげた。

「オムレツお待ちどお」

そっけがないがきれいなオムレツが皿に盛られていた。

「なるほど。たいしたもんだ」

年かさの男はニヤリと笑った。

「度胸もいい。それだけの腕がありゃ食いっぱぐれはしないだろう」

「長生きする気はなくてね」

「そいつは惜しいことをしたな。おとなしくしてれば良かったものを」

「あんたら何しに来たんだ?」

「忠告しておく」

男はフォークを乱暴にオムレツに突き立てた。

「これ以上嗅ぎ回るのはやめてもらおう」

「何の話だ?」

「なあ、あんた」

男は焼酎を一気にあおった。

「日本は良いな。平和だ。戦争はない。戦争はいやだな。しかし戦争がなければ困る人間もいる」

「フクマン商事のことか?」

「ほほう…」

男は伸之を睨んだ。

「フクマン商事はM重工のダミー会社だ。何かヤバいモノを扱ってるだろう」

「……」

「兵器か?地雷か? そんなところだろう」

「警告しておく」

男はオムレツを憎しげにゆっくりと引き裂いた。
フォークが皿を引っ掻いて嫌な音をたてる。

「これ以上突っ込むな。あんた。いやあんたの大事なひとも傷つけたくないんでな」

不意に真沙美の顔が浮かんだ。
真沙美の泣き顔。

伸之は唇を噛んだ。

「俺は必ずテロの真相を暴いてやる」

男は立ち上がった。

「最低の選択をしたな」


つづく。