雨がふる。

冬の雨は冷たい。
どんよりとした黒い雲が陽の光を遮っている。
雷鳴が聞こえる。

この物語の最初から雨はふっていた。

しのつく雨…

加古川の町は雨におおわれ、やがてすべてを洗い流す。

「よくふるわねえ…」

本間美紀子は空を見上げた。
鈍色に光る銀瓦の城下町に、赤い蛇の目傘がひとつ現れた。
この日本古来の和紙の傘は上から見ると、その名の通りへびの眼のデザインになっている。
蛇の目は天をにらむ。

〔おいおい。タケミカズチよ。いつまで雨をふらせるつもりだ。石に変えてやるぞ〕

蛇の目傘は雨のふりすぎを戒めるまじないのひとつだ。

やがて雨は石になり固まって雪になる。

冬のはじまりである。

「やあ、美紀子さん…ご無沙汰しとります。たいへんお世話になりました…」

蛇の目傘をさしていたのは長谷川だった。

「あら、長谷川さん。もうよろしいんですの?」

「おかげさまで。呪いが解けて…ほれ、この通りです」

長谷川は両足を交互にぴょんぴょん振り上げてみせた。
長谷川は背後をふりむいた。

「こら! お前ら、そんなところに固まってないで。きちんと挨拶せんか!」

少し離れた電柱のかげに緑川、喜多川、中原ら諏訪衆が身をよせていた。
美紀子の顔を見ると、一斉にペコペコと頭をさげだす。

「本当に頭の悪い老人たちでな…ゆるしてやってください…」

「もうよろしいんですのよ。事件は終わりましたし」

「今日は菩提を弔いにまいりました。仏壇に線香をあげさせてください…」

「そうですか…おばあちゃんも喜ぶと思います」

長谷川は本間家に入った。

美紀子はいつまでももじもじしている緑川らに声をかけた。

「さあ、みなさんもどうぞ。そんなところにいたら雨に濡れます」

緑川らはお互いにひじを突っつきあいながら、お互いを牽制している。

うわあああああ!

突然、家の中から長谷川の悲鳴が聞こえた。

「たいへんじゃあ!美紀子さん! セツさんが! セツさんが死んどる! 息をしとらん!」


腰を抜かした長谷川が転がるように玄関にとびだしてきた。

「え?」

「ナムアミダブツ。ナムアミダブツ。ひー! 二代目さまあ!」

きょとんとしていた美紀子はしばらくするとクスクス笑い出した。

「あらいやだ。きっとまた死んだフリですよ。おばあちゃんの得意技」

「ハアハアハア、ハア、ハ……? 死んだふり?

得意技?」


仏壇の前でセツは座っていた。
口をパカッと開けたまま、その首はガクンと背中のほうへ倒れている。

微動だにしない。

半眼を開いて、まったく呼吸していないように見える。
鼻の頭に一匹のハエがとまっていた。
ハエが鼻の上を這い回る。

ぶえっくしょん!

セツが動いた。

「…ああ、誰かまた悪いウワサしとるな。
おー寒う…
雨かいな。
おー、いかんいかん。
こんなところで居眠りしたらカゼひくわ」


つづく。(次回、最終話)